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               ★… 【 源氏物語文中の花 】  巻34 【 若菜上 】  蓮・ ハス (その1) …★
                        撮影はH18,7,20 埼玉県白岡町蓮池にて
はちす…現代名はハス(スイレン科)花の終わった後の果実の形が足長バチの巣に似ている事から「はちす」と命名され後に「ち」が省略されてハスになったようです。
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物語中には歌4首、文章には15カ所出てきます。(1カ所芙蓉の名で記載されている所もあり)
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◆「若菜上」文中
★1)いまはたゞ迎ふるを待ちはべるほど、その夕べまで、水草清き山の末にて勤め侍らむとてなむ、まかり入りぬる。
★2)生ける世に行き離れ、隔てるべき中の契とは思かけず、おなじに住むべ後の世の頼みをさへかけて・・・・。
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            ∞∞―――――――――――――∞∞

『蓮』の記述は『若菜下』歌2首『鈴虫』歌で”2首”記載されています。
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以下の巻では文中でも見られます。
◆「御法」千年をももろともにとおぼししかど、限りある別れぞいとくちおしきわざなりける。いまは蓮の露も異事に紛るまじく、後の世をとひたみちにおぼし立つことたゆみなし。
◆「幻」いと暑きころ、涼しきカにてながめ給に、池の蓮の盛りなるを見給に、いかに多かる、などまづおぼし出でらるるに、ほれほれしくて、つくづくとおはするほどに、日も暮れにけり。
◆「匂宮」はかなくおほどき給へる女の御悟りのほどに、蓮の露も明らかに、玉と磨き給はんこともかたし・・・・
◆「蜻蛉」蓮の花の盛りに、御八講せらる。
◆「朝顔」おなじにとこそは、なき人をしたふ心にまかせてもかげ見ぬ三つ瀬にやまどはむとおぼすぞうかりけるとや。
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参考
「若菜 上・下」の巻は、源氏物語のなかでも、傑作中の傑作と言われている長編です。 
源氏 40歳。当時40歳といえば、今の還暦くらいにあたり、長寿のお祝いをする年代です。
準太上天皇という地位も得、息子も結婚、明石の姫も入内して、すべてが思い通りにかなってきたのであるが・・・源氏の晩年は、栄華を極めた生活が突然一変して暗い霧がただよいはじめるのです。それは、源氏が若き「女三の宮」を六条院へ迎えることから始まります。・・・・・そして、源氏の冷徹で残酷な一面が見え隠れしていきます。

◇「若菜 上・下」の、巻名は・・・下記参照
春菜摘みの風習は平安時代になると”七日の若菜”の行事として盛んに執り行われました。玉鬘が源氏の四十の賀のお祝いに正月の二十三日は子の日、左大将の夫人から若菜の賀をささげたいと申し出る。
若葉さす野辺の小松を引き連れてもとの岩根を祈る今日かな …玉鬘
(意)「若葉が芽ぐむ野辺の小松を引き連れ育てて下さった元の岩根を祝う今日の子の日ですこと」と大人びた御挨拶を申し上げ折敷を四つ用意して御若菜を御祝儀に献上なさったところから「若菜上・下」の巻名になったようです。そして源氏の返事。
小松原すえのよわいにひかれてや野辺の若菜も年をつむべき…源氏

『若菜は単一の植物ではありませんが、野菜類が豊富な現代とは違って平安時代の人々は年が明けてからの若菜摘みの到来を一日千秋の思いで待ちこがれていたようです。当時珍重された若菜の代表はフキノトウ、セリ、蕨(すでにアップ済みです)などでした』 

    
by hime-teru | 2007-07-24 22:08 | 源氏物語(巻31~巻40) | Trackback | Comments(2)