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            ★… 【 源氏物語巻名の花 】  巻26  『 常夏 』  撫子(常夏) …★
                                撮影は H,20、我が家にて
『源氏物語』では常夏」を妻や愛人撫子」を幼児の象徴として、使い分けして用いてたようです。季題は「石竹」「常夏」が夏、「撫子」が秋。
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この巻は養父(源氏)と養女(玉鬘)の禁忌の恋物語から始まります。
☆ 御前に乱れがはしき前栽なども植ゑさせたまはず撫子の色をととのへたる、 唐の、大和の、籬いとなつかしく結ひなして咲き乱れたる夕ばえ、いみじく見ゆ。
 意)お庭先には雑多な前栽などは植えさせなさらず、撫子の花を美しく整えた唐撫子、大和撫子の垣をたいそう優しい感じに造ってあり、その咲き乱れている夕映え、たいそう美しく見える。
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撫子を飽かでも、この人びとの立ち去りぬるかな。
意)撫子(玉鬘)を十分に鑑賞もせずに、あの人たちは立ち去ってしまったな。
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★撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人や尋ねむ … 源氏から玉鬘
  意) 撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな。
「とこなつかしき」と「常夏」(撫子の別名)の掛詞。「もとの垣根」は母夕顔をさす。
  
★ 山賤の垣ほに生ひし撫子の もとの根ざしを誰れか尋ねむ … 玉鬘の返歌。
 意) 山家の賤しい垣根に生えた撫子のようなわたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか?
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★【撫子
ナデシコ科の多年草であるカワラナデシコ、タカネナデシコなど、自生するナデシコ属植物の一般名。また、カーネーションを除くナデシコ属の園芸植物の総称名でもあり、セキチク、トコナツ、イセナデシコ、アメリカナデシコ(ビジョナデシコ)などを一般にナデシコとよぶことが多い。河原撫子は少女の巻でもアップ済みですが・・・。
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ナデシコ属は北半球を中心に世界に約300種分布する。多年生の草本が多い。花弁は桃色で先は細かく切れ込むものが多い。日本には4種分布する夏から秋にかけて花を開くカワラナデシコとその基本種エゾカワラナデシコは古くから親しまれ秋の七草の一つに数えられている
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中国ではセキチクとエゾカワラナデシコを瞿麦と称し、地上部を利尿剤に根を抗腫瘍薬として用いるといわれる。日本のカワラナデシコとセキチクの区別ははっきりされていない。
平安時代、清少納言、紫式部、和泉式部はいずれもカラナデシコ(セキチク)と、ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)を見分けていた。ナデシコの栽培品種が分化するのは江戸時代。
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【簡単に物語】
この巻は源氏と内大臣の意地のはりあいの場面です。普段の私生活でも張り合っています。
夕顔の娘(玉鬘)を養女にした源氏は玉鬘に多くの懸想文(けそうぶみ=今でいうラブレター)が届くようになりますと、源氏自身しだいに手放すには余りにも惜しい想いにかられるようになります。「熱心に口説いたならば、いくら人目が多くても差し障りはあるまい!」と、なんと呆れた養父源氏。世にも珍しく厄介な養父と養女の仲なのである。

しかし、源氏は玉鬘への想いはつのるばかりだが、紫の上と同じ扱いは出来ないという分別は持ち合わせており、蛍兵部卿宮か髭黒大将に託すのが本人の幸せ?と思いながらも玉鬘への未練を絶つことが出来ず未練とあきらめの間をゆれています。(※この時点では内大臣は玉鬘が自分の娘である事を知りません)

一方、ライバルの内大臣は玉鬘の評判を聞いて快く思ってはいません。しかし、娘雲居の雁のことは苦慮しながらも今となっては夕霧を許してもよいと思ったりもしますが・・・。(親の仲違いで結婚できずにいる夕霧と雲居の雁)源氏の養女の話に対抗して昔ある女性に生ませた娘(近江君)探し当て引き取っていました。

近江君は早口でおしゃべり娘、”ごりっぱなお父様だこと、あんな方の種なんだのに、ずいぶん小さい家で育ったものだ私は”極めて下層の家で育てられたゆえ、ものの言い方を知らないのである。ある日のこと姫は五節という生意気な若い女房と双六(すごろく)を打っていた。姫君の容貌は、ちょっと人好きのする愛嬌のある顔で髪もきれいであるが、額の狭いのと頓狂(とんきょう)な声とに損なわれている女性である。美人ではないが鏡でみる自身の顔と共通するところがあるのを見て大臣は運に呪われている気がするのです。

何でもない言葉も、ゆっくり落ち着いて言えば、聞き手は奥ゆかしいと聞くであろうし、巧妙でない歌を話に入れて言う時も声づかいを直し初め終わりをよく聞けないほどにして言えば、作の善悪を批判する余裕のないその場では、おもしろいことのようにも受け取られるのである。どうしてこんな欠陥の多い姫を家へ引き取ったのであろう???と嘆く内大臣。そして処遇に苦慮する。

暑い夏の日のこと。源氏は釣殿で涼をとりながら夕霧や内大臣家の若い者たちを相手に、近江の君のことを話題にして皮肉っています。源氏の方は内大臣が夕霧と雲居の雁との結婚を許さないことへの腹いせもあるのです。玉鬘は源氏の口振りから父内大臣と源氏の不和を悟り父との対面がますます困難と自覚しますが・・・・。続きは「篝火」へ
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【ニュース】
昨日の新聞に「あさきゆめみし」の漫画作家の大和和紀さんが「私の好きな近江君」の記事を読み、今の感覚に近い素直さの近江の君をギャルっぽいイメージで描きました。と。なるほど、私がこのブログを立ち上げた時、このような源氏の見方もあるので参考になれば?と我が家のお嫁さんが私の誕生日にプレゼントしてくれた「あさきゆめみし」を改めて読み直しています。

デッサンの素晴らしさ、古典が漫画表現に翻訳された現代風な言葉からでも充分源氏物語の雅の世界が伝わり、私にとりましても貴重な資料であります。庶民の中で育った近江君は無口でいると可愛いのにペラペラと早口で落ち着きなく良くしゃべります。双六に熱中したり、支離滅裂な和歌を作ったり、「便器掃除でも何でもやりま~す」と父、内大臣に言ってしまうような姫、貴族の姫らしからぬ言動は物笑いの種になります。玉鬘とは対照的です。

平安の貴族の生活、華やかで、ずいぶんと微睡っこしい暮らしぶり、つい、つっこみを入れたくなり近江君に代弁させてみたのだそうです。そう言えば現代人が友人知人にメールを書くような、現代の私達の感覚に似たような手紙のやりとりをする現代っ子ぶりが何ともいえず大和さんは微笑ましくお好きなのでしょうね。とてもユニークな解釈でこういう感覚の大和さんって!素敵だと思います。
by hime-teru | 2008-09-05 23:46 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(4)