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福寿草

                   ★ … 福寿草・フクジュソウ …★
                     撮影は H 21,1,25 自宅にて
新しい年の幸福を願って福の字を戴く縁起の良い花福寿草。我が家の福寿草は植木鉢にて毎年立春に先駆けて咲いてくれるのです。夏は木陰に年末より日の当たるところに移動、今年も咲き始めました。
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名前から想像して中国渡来のようですが・・・。れっきとした我が国自生の多年草です。花の乏しい厳寒に、黄金を思わせる様な黄色い花を咲かせることから、江戸の初期頃からお正月かざりに珍重されてきました。
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昔は床の間や飾り棚に置かれていました。名もない野草が江戸時代より「元日草」の呼び名で親しまれてきました。俗に、引用文に「ふくつく草」出ているのは、この花を飾ると福が着くと言うだじゃれから来たようです。
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◇小さくても昇殿すなり福寿草 ・・・ 一茶
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◇地に低く幸せ有りと福寿草 ・・・ 伸秋
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北海道,本州,九州に自生し、東アジア北部に分布するキンポウゲ科の多年草。花は光沢のある黄色、径3~5センチ、花弁は多く日が当たると開く。雄しべ、雌しべとも多数で花期後、金平糖のような集合果ができる。
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江戸時代以来園芸品種が多数作られた。花色は赤だいだい・白・緑や変わった花型のものがあるようです。奇品に126もの品種がある。我が家はこの黄花のみです。根は強心剤にする。
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by hime-teru | 2009-01-25 23:36 | 【は】行の花 | Trackback | Comments(0)

ロウバイ (臘梅)

                   ★… ロウバイ (臘梅) …★
                 撮影はH21,1,19近所の遊歩道にて
甘い香りに誘われて立ち止まると清んだ冬空に黄色の花が飛び込んで来ました。花の少ない季節に地味に・・甘い香りを放ちながら楚々と咲いていました。
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梅に似た蝋細工のような花です。
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ロウバイ科の落葉低木。カラウメ(唐梅)ともいう。中国原産で17世紀の初め頃朝鮮を経て日本に渡来し観賞花木として栽植される。高さ2~4mになり幹はよく分枝する。葉は卵形で先は鋭くとがり対生する。
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1~2月、葉に先立って前年の枝の葉腋に地味な花を1個ずつつける。花は柄がなく横または
下向きに開き径2cmぐらいで芳香がある。花被片は多数あり外側のものは細かい鱗片状、大型の中層片は黄色で薄く、内側のものは暗紫色である。おしべは5~6本、めしべは多数、壺状の花床の中に並ぶ。花後、長さ5cmほどの長卵形の偽果を生じる。
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名は花色が蜜蝋(みつろう)に似ておりウメと同じころに花を開くからといわれている。高さ2~3メートルの株立ち、葉は対生し長卵形で長さ8~15センチ、先は鋭くとがり縁に鋸歯がなく薄い革質で表面がざらつく。
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花のあとでできる実は、花の姿からは想像できないですね。長卵形の偽果の中にある種子状の痩果は有毒だそうです。↓昨年の実もしっかり付いていました。
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日本で栽培されるロウバイ(臘梅)は中国原産の移入植物である。日本へは後水尾天皇の時代に朝鮮半島を経て渡来した。
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by hime-teru | 2009-01-20 22:47 | 【ら~わ・ん】行の花 | Trackback | Comments(2)

日本水仙

                       ★… 日本水仙 …★
正月早々1番に咲く水仙の花。今年も我が家の菜園で健気に咲いてくれました。お正月の床や玄関に甘い香りを届けてくれています。寒さに当たらないと花芽がでない水仙、寒さをつき凛としていて私は大好きな花です。
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可憐な花びら凛とした茎、優しい甘い香り、手間要らずで強健なお花です。草丈50センチ、清楚で可憐な花は日持ちと草姿が良いのが特徴です
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ヒガンバナ科のスイセン属全体をさす花名は、狭い意味では日本の暖地海岸などに野生化しているニホンズイセンをさして使われる。この母種はカナリア諸島の原産といわれ、ヨーロッパを経て中国から日本に伝わった。
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古くから栽培され園芸品種も多い。地下の卵状球形の鱗茎から数枚の平らな線形の葉を出し、1~2月頃、葉間に高さ20~50cmほど、直立する花茎を伸ばして数個の花を横向きにつける。白色の花被片は6枚で平開し下部は長い筒状になる。花被の開く部分に濃黄色の杯形の副花冠がある。八重咲きのほか緑色花や淡黄色花の品種もある。スイセンの類にはこのほか南ヨーロッパ原産の多くの種類が数えられる。
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花期は冬季から5月ころまでで、花壇、鉢植え、切り花用によく用いられる。
日本では平安末期に渡来したとみられる。
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by hime-teru | 2009-01-20 00:28 | 【な】行の花 | Trackback | Comments(0)

浅草・初釜

             ★… 床の結び柳・新年を祝う茶会 (初釜) …★
           〓今年も茶花は床柱から床に垂れる長い結び柳です〓
                 撮影はH、21、1、9 浅草東本願寺内
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床に飾られた箱書きです。
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★ 水指  手桶(清水焼)  手塚 充(石雲)花蝶窯
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★ 軸  寿山満瑞色 写真のお軸は大宗匠お若い頃の直筆。
    めでたい光が満ち今年一年皆様にとって光り輝く一年でありますように
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★ 茶入れ(濃い茶) 瀬戸 (今日庵)
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★ 大棗 桐(山中塗り) 前端 雅峰 作
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★ 茶碗(1) 鉄絵茶碗 牛・四代 真清水蔵六造
       真清水蔵六(1822~77)は,乙訓郡久我村(現伏見区)出身、
       13歳の時五条坂の陶匠和気亀亭に入門。21歳で独立して五条坂に
       窯を開き青磁を得意とした。妙法院教仁親王の旨により清水から真清水に改姓。
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★ 茶碗(2) 検校写 玉水焼
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★ 茶碗(3) 三浦竹泉 京焼(清水焼)
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★ 茶杓 銘・道心(東大寺150年修復時の松明から作られたもの)
[hh#IMAGE|e0039703_02508.jpg|200901/14/03/|mid|640|441#]
★ 仕覆  藤種緞子 
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美味しいお弁当の後は、お薄を頂き、福引き会(掃除機があたりました)
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             〓今年も宜しくお願い申し上げます〓
申し訳ありません写真はOFにさせて頂きます。
by hime-teru | 2009-01-13 23:52 | お茶会の記録 | Trackback | Comments(4)

日本橋七福神 

                   ★… 日本橋七福神 …★
                  撮影はH21,1,6 日本橋にて
日本橋は天正18年(1590)徳川家康が江戸へ入城した頃はほとんどが葦の生えた潮の浜でした。江戸城と外堀内の整備が行われ慶長8年(1603)江戸幕府開幕とともに江戸の町割が始まりました。
ビルの狭間に片隅に、由緒ある江戸の名残り「福運」を招く七福神は日本橋にもおわしました。

今年は、古き街をすりぬけて、日本橋七福神を訪ねて歩いてみました。
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◆小網神社 ‥(福禄寿・弁財天)
ひげをたくわえた顔、毛髪のない頭、背が低いという独特な風貌の神様です。
稲荷大神を主祭とし527年前に鎮座した歴史的に古いお社。5月の大祭では東部有数の神社大御輿で賑います。11月末に繰り広げられるどぶろく祭りは奇祭としてとみに有名。
福禄(天がもたらす幸福)」「長寿」を体現しておられ、福徳長寿の神として親しまれている。
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◆茶の木神社 ‥(布袋尊)
丸い頭にふくよかなお顔、布袋腹と呼ばれる大きなお腹が人々から喜ばれました。
周囲の茶の木が名の由来となった神社。佐倉城主の屋敷内はもとより町方にも火災がなかったことで火伏の神とも崇められた。布袋尊は福徳円満の神として広く信じられている。
弥勒菩薩の化身と信じ親しく尊崇したのだといわれています。
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◆水天宮 ‥(弁財天)
七福神ご一行様の《紅一点》財福、文芸、学問の才、長寿の神として崇められています。
有馬頼徳公が加賀百万国の前田公と能の芸を競われることになった際、弁財天に於いて願をかけられ満願の日に目出度く勝つことができた為、室生弁財天ともいわれる。御像は運慶の作と伝えられ、芸事や学業貨殖に霊験あらたかといわれる。
因みに〔日本三弁天〕〓広島の宮島・神奈川の江ノ島・琵琶湖竹生島
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◆松島神社(大鳥神社) ‥(大国(黒)神 )
中国より最澄が日本国内に広めたとされています。天真爛漫なキャラクター。
右手の打出の小槌の「槌」は、「土」の産物である米をはじめとしたあらゆるものを産み出す「大地」を意味するものであると伝えられております。左手には袋をもたれ米俵に立つ姿で広く知られ鼠を使者とされています。明暦の大火前、大鳥神社の周囲は歓楽街であった為、人形細工職人、呉服商人、歌舞伎役者、葭町の 芸妓傾城等々、芸能関係や庶民の参拝によりたいへん賑わったそうです。11月の酉の市が往時を伝える風物詩として今に遺っている。
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昔、この辺りが海だった頃、松の繁る小島にあったことから、この名がついたようです。
願い事を書いて枕の下に入れて眠ると正夢が見られるという「良夢札」があります。
ビルの中に鎮座している小さな小さな神社です。
この日は七福神巡りの団体さんでしょうか?ガイドさんがご案内されていました。
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◆末廣神社 ‥(毘沙門天)
右手に持つ多宝塔により限りない財宝を授与するという流れに至っている為、財福富貴の神としてもよく知られており、庶民に広く親しまれながら七福神レギュラー陣にメンバー入りしておられます。、
末廣神社は倉稲魂命を主祭神としている。葭原がこの地にあった当時は葭原八ヶ町の、明暦の大火で葭原移転後には難波町、高砂町、住吉町、新泉町、四ヶ町の産土神として信仰されていました。 多聞天の異名を持つ毘沙門天は、世界の守護神であり、福徳を授ける神様です。
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◆笠間稲荷神社 ‥(寿老神)
白い髭と長い頭、手に持つうちわと枕は霊験あらたかなお姿で長寿を授けてくれる老人として知られておられます。
江戸時代中期、常陸笠間神社の御分霊を奉斎、五穀をはじめ水産、殖産の守護神として信仰されてきた。寿老人は長寿の神にして、お導きの神、幸運の神として、人々の運命を開拓して下さる福徳長寿の守護神とされています。
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◆椙森神社 ‥(恵比寿神)
いつもふくぶくしい御体格に釣り竿と鯛を小脇に抱えているお姿は何ともユーモラス。
暴利を貪らない清栄なるお心に商売繁盛の神様、農村では田の神、漁村では大漁の神様
として親しまれております。 聖徳太子がはじめて市を立てた際、市の守護神として仰ぎ、商売の神、福徳の神とあがめたことに由来。10月の恵比寿神大祭は毎年盛大に盛り上がるようです。
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◆寳田恵比寿神社 ‥(恵比寿神)
宝田村の鎮守は、元々は皇居前にあったとのこと。祭壇の中央に安置される恵比寿神像は、慶長11年三伝馬取締役・馬込勘解由が徳川家康からこれを受け、運慶作とも左甚五郎作とも伝えられる。
◇1月20日初恵比寿、10月19日・20日のべったら市で有名。商売繁盛を祈る恵比寿講が開かれている辻の両側せましと浅漬大根の露店が並び大変な人出となる。
今に残る江戸年中行事の一つで、このべったら市が終わると東京に冬がくるといわれている。
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by hime-teru | 2009-01-11 23:52 | 七福神めぐり | Trackback | Comments(0)

【春の七草】 七草粥

                ★… 【春の七草】 七草粥 …★
新らしい年が明けて7日目、皆様は、どのようなお正月を迎えられましたでしょうか?
我が家は孫達を迎えて静かに!!!賑やかなお正月でございました。
”本年も幸多い年になりますように”と祈りながら・・・。
「七草粥」
正月7日の朝に粥(かゆ)に入れて食べる7種の野草(食べて祝う行事)
この日、羹(あつもの)にした7種の菜を食べて邪気を避けようとする風は古く中国にあり、その影響を受けて、わが国では少なくとも平安時代初期には、無病長寿を願って若菜をとって食べることが貴族や女房たちの間で行われていました。ただ、七草粥にするようになったのは、室町時代以降だといわれます。延喜年間(10世紀頃)から朝廷で儀式化し、それが、民間でも今日まで伝えられている。

正月7日は古くから人日(じんじつ)ともいわれ、江戸時代には五節供の一つにあてられていました。6日から7日にかけては、6日年越・7日正月などともいわれている。七草粥はこの重要な折り目の行事に欠かせない食品で、正月7日を七草節供とよぶ所もある。
七草の種目は一般にはセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの7種だとされているが、時代や地域によって必ずしも一定せず、そのうちのいくつかが含まれていればよいと考える所もあるようです。
今朝は「七草粥」を召し上がられましたでしょうか?。我が家は夫婦二人無病息災を祈りながら粥をいただきました。
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現行の七草の行事では、前の晩に神棚の前にまな板を据え、包丁の背やすりこ木火鉢、杓子などで野草をたたき刻んでから神に供え、7日朝それを下げて粥に入れて食べるというのが一般的。供え餅の砕片を加える場合もある。

七草をたたく時に、「七草ナズナ、唐土の鳥が日本の国に渡らぬ先に、あわせてバタバタ」などと唱え、これは小正月に豊作を祈って行う鳥追い歌の転用だとされるが、意味は未詳である。
又、七草の汁をつけて爪を切ると爪のけがをしないという俗信もある。
by hime-teru | 2009-01-07 15:29 | 時事日記コーナー | Trackback | Comments(2)

                ◆… 【 明けまして おめでとう ございます 】 …◆
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                〓 本年も宜しくお願い申し上げます 〓

時間の許す限り今年も自然の風景や花たちとの出会いに感動したいと思います。
元気を頂きながら精進して参りたいと存じます。

皆様に幸多き佳き年でありますようお祈り申し上げます。
                                                 
by hime-teru | 2009-01-01 10:02 | 時事日記コーナー | Trackback | Comments(4)