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                 ★…  【 赤詰草  】 あかつめくさ  …★
                   撮影はH、19、4、26 家近くの散歩道の土手
マメ科の多年草、帰化植物。ヨーロッパ原産で明治の初めに牧草として輸入された植物であるが今では日本全国に広く帰化し道端や草地に普通にみられる。
別名 紫詰草・むらさきつめくさ・レッドクローバーともいう。
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茎は高さ30~60㌢小葉からなる掌状の葉を互生する。花期は5月~10月頃と長い期間見ることが出来ます。短い柄の先に多数の蝶形花冠(30~70花)が集って咲く姿は手鞠のように可愛らしい。 
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花は淡紅色で長さ13~15mm、旗弁の先は円形になる。萼は先が5裂し裂片は線形で1片のみが特に長い。果実は径2.5mmほどの球形で中に1個の種子を含む。
 このような綺麗な花色にも出会えました。 
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鶏や兎等の牧草として南欧から輸入されたものですが野生化しています。新芽や、かすかに色がさしてきた下記の写真のような蕾を天ぷらに致しますと春の優しい風情を目で楽しむことが出来ます。
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三小葉は、しばしば中央に八字状の白斑があり、花後は莢が生ずる。シロツメクサとともにクローバー・レッド‐クローバーの名でも知られる。
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※デンマークの国花。
古くはにオランダから日本へガラス製品を送るのに白・赤詰草の乾燥したのを詰物に使ったことから詰草という名がついたようですね。
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赤詰草の名は小さな一花が爪の形に似ているからと教わり長年『爪草』と覚えて来ましたが正確には『詰草』と漢字が当てられている。でも!でも!私見ですが、私は爪草の方がこの花には相応しいような気が致します♪。
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クローバー(白詰草)とのちがいは、1…色違い、2…葉のすぐ上に花が咲くこと。3…葉もややとがる(白詰草の葉は丸い) 私は赤詰草が大好きで咲き始めると手折ってきて家中の花瓶に挿して春を楽しみます。
by hime-teru | 2007-04-29 16:56 | 【あ】行の花 | Trackback | Comments(4)

【白雪けし】

                      ★…  【 白雪けし 】  …★
                       撮影はH19,4,25 我が家にて
 耐寒性宿根草。花図鑑にこのお花の記載がなく、お花の詳細がよく分かりませんが、今を盛りに咲いてきましたのでアップ致しました。。判り次第追加書き込みを致したいと思います。何方かご存じの方は教えて頂きとう存じます♪
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初夏の花なのに白雪の名前がついています。今にも折れそうな茎、可愛らしい花です。真っ直ぐ伸びた茎から頂き近くに3~6輪ほどの花をつけます。
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花弁は4枚、径3~4㌢前後。ポピーのように花殻をわって開花します。
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花の名は雪のように純白なのとけしの花に似るところから「白雪けし」と付いたのでしょう。
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葉は山蕗のような形をしています。↑
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ご覧のように清楚で可愛らしいお花ですが、花姿に似合わず強健です。↑
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地下茎で伸び彼方此方に顔を出しますので私は植木鉢で育てています。放っておいても毎年このような清楚な花姿でお目見えしてくれます。
by hime-teru | 2007-04-28 00:25 | 【さ】行の花 | Trackback | Comments(0)

【桜草・サクラソウ】

                   ★… 【 日本桜草 】 ニホンサクラソウ …★
                    撮影はH19、4/1・4/16我が家にて
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サクラソウ科の多年草。地中浅くに根茎があり繁殖して群生する。葉は数枚根生し、長楕円形で縁に切れ込みがあり、柔毛を密生し葉柄は長い。4~5月、20㌢ほどの花茎を出し先端から車軸状に紅紫色の花が数個開く。
 ↓突然変異でしょうか?今年は花びらが、6弁花、7弁花!が咲きました。
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花は五弁、径約2㌢花弁の先端に切れ込みがあり基部は筒状となる。萼は五裂、雄しべ5本雌しべは1本。雄しべの位置と雌しべの花柱の長さの関係により長花柱花、短花柱と花の違いがありサクラソウの共通の特徴でもあります。
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サクラソウ属はヒマラヤを中心にした北半球の高地や寒地に約550種分布し日本には四国と沖縄を除く各地の高原、原野に自生し十数種が自生する。観賞用に広く栽培されてきました。
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サクラソウは万葉・平安の書物には顔を出さない。その栽培は江戸時代に盛んになり後期に多数の品種が出現するが、前・中期にはまだ少ない。
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幕末の『桜草百品図』に出るサクラソウの自生地である埼玉県浦和市の田島ヶ原1952年(昭和27)に特別天然記念物に指定された。写真は同種です。
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4月頃,葉間から直立する長い花茎を出し,その先に数個のピンクの花を散形状につける。花冠は直径約2㌢mで5つに裂けサクラの花のように展開し基部は筒状になる。おしべ5本は花冠の裂片と対生し、めしべの花柱は短いものと長いものがある。
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日本では江戸時代から盛んに栽培され園芸品種の数は200~300もある。これらを総称してニホンサクラソウという。花色は白色,紅色,紅紫色などいろいろあり大きさも変化が多い。日本産の同属のものには湿地に生じる大型のクリンソウ(九輪草)をはじめ,高山性のヒナザクラ、ハクサンコザクラ、ユキワリソウ(雪割草)などがある。
           ↓ 以下 【西洋桜草】               
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※参考
花弁の形や花色に変異が出やすく選抜された園芸品種が多数ある。サクラに似た花形からサクラソウと呼ばれるが中部地方から東北地方の高山の雪田にはハクサンコザクラ(ナンキンコザクラ)、ヒナザクラ、ユキワリソウ、オオサクラソウ、北海道にはエゾコザクラ、ユキワリコザクラなどいずれも高山生の小形種が多く、関東地方中部以西にはカッコソウ(関東・四国地方)イワザクラ(中部地方)、コイワザクラ(中部・関東地方)など山地生の中形種が多い。山地の渓流に多いクリンソウ(本州、四国地方)はもっとも大形で花穂は数層も段咲きとなる。
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by hime-teru | 2007-04-25 16:10 | 【さ】行の花 | Trackback | Comments(0)

                    ★… 【一人静】 ヒトリシズカ …★
                     撮影はH19,4,16 我が家にて(植木鉢)
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センリョウ科の多年草。高さ15~30㌢葉は単葉で対生するが二対の葉の間隔が詰まっているので茎の上部で四枚が輪生しているようにみえる。日本および朝鮮半島、中国の草原や各地の山地、林内に生える。
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名前の「静」は源義経の妻妾「静御前・しずかごぜん」が一人静かに舞を舞っている姿に見立てたことから。
※別名「吉野御前」(よしのごぜん)「眉掃草」(まゆはきそう) ”ブラシ”で眉を掃く!に因んだ名前で呼ばれることもある。
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花期は4~5月。花序は穂状で1本初め四枚の葉に包まれる。包葉は卵形。花は小さく白色の両性花で花被(かひ)はない。雄しべは3本、糸状で長さ4~6ミリ、白色でよく目だつ。基部は互いに合生しさらに子房の背面に合着する。中央の雄しべには葯(やく)がない。
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『広益地錦抄』には薬草として、及已(ぎゆうい)の名で図示されているが、ヒトリシズカの名はない。その説明には「3、4寸の小草なるがあひらしく鉢にうへてながめ……」とあり、当時、観賞栽培もされていたことがわかる。
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江戸後期にはフタリシズカとの対比でヒトリシズカの名が広がった。
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根茎は多節で塊状になることが多く,灰褐色のひげ根を出す。茎は直立し、なめらかで紫色を帯び3~4個の節がある。葉は楕円形で鋭鋸歯があり光沢がある。
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by hime-teru | 2007-04-24 00:29 | 【は】行の花 | Trackback | Comments(0)

                      ★… 【烏野豌豆】 カラスノエンドウ …★
                         撮影はH19,4,6 散歩道
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別名イブキノエンドウ。マメ科の多年草。細い根茎があり基部から走出枝を伸ばす。茎はつる性で長さ1㍍。葉は8~14枚の無柄の小葉をつけ先端は2、3分する巻きひげとなって他物に絡みつく。
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托葉は半円形で蜜腺があり多くは深く二裂する。
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托葉は半円形で蜜腺があり多くは深く二裂する。花は4~6月に開花、紅紫色の蝶形花を1~3個つける。長さ1.5~1.7㌢豆果は6~8個の種子を含み線形で黒く熟し裂開して種子を飛ばす。
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ヨーロッパ原産で古くから滋賀県の伊吹山、最近では北海道の一部に帰化している。日本全土の草地に多い。全体に軟毛がある。ヤハズエンドウも同じくカラスノエンドウとよばれることがある。
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田のあぜや路傍に普通にみられる雑草。根もとから分枝した茎は四角形で長さ50~100㌢になる。小葉の先端はくぼんで矢筈形、主脈のみ突出するのでヤハズエンドウと呼ばれるところもあるようです
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名前は実が黒いのとスズメノエンドウより大きいのでついたという
by hime-teru | 2007-04-22 23:57 | 【か】行の花 | Trackback | Comments(10)

               ★… 【立金花】 リュウキンカ… ★
   撮影はH19(リュウキンカ4/18 ・ 姫リュウキンカ4/1)我が家にて
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キンポウゲ科の多年草で猿猴草(エンコウソウ)ともいう。北半球冷温帯の湿地や流水中生じる。地下に短い根茎があり太い根を出す。茎は太く多肉質で下半部は地面をはうように伸びる。各節から根をおろす。根出葉には長い柄があって葉は径4~8㌢の腎円形、波状の鋸歯がある。
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花は春に茎頂に2花ずつつく。黄色で花弁状の萼片が5~7片あって直径2~3㌢本来の花弁はなく多数の黄色のおしべがある。
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ちなみに我が家のリュウキンカは友人から頂いた物で今年で3年目。戸外の小さな金魚の池(鉢)の中に鉢ごと水中に沈めてあります。毎年この花が咲き始める頃、金魚も冬眠から目覚め泳ぎ始めます。
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リュウキンカと呼ばれるのは茎が立上がって高さ30㌢前後になる形のもので茎が地面を放射状にはい立上がらないものをエンコウソウといって区別し別品種に扱う場合もある。
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”立金花”の名前は、金色のような黄色の花が 立っているように見えるところからきているようです。
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☆ヒメリュウキンカは小型の宿根草でハート型の小さな葉と輝くような花が魅力です。
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小さな球根でたちまち地面を埋め尽くしてしまいます。繁殖力は旺盛です。水中のリュウキンカよりも早く咲き出し夏は葉も消えてしまいます。
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リュウキンカは2花、姫リュウキンカは1花と花の付き方が違います。花びらの数も5枚と8枚、形も微妙に違います
by hime-teru | 2007-04-21 00:05 | 【ら~わ・ん】行の花 | Trackback | Comments(0)

                  ★… 【 赤花瓢箪木 】 アカバナヒョウタンボク …★
                       撮影はH19,4,15 我が家にて
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原産地は中央アジアでスイカズラ属。 開花期は 4~5月ごろ。北海道、九州、四国の山野にはえる落葉低木です。ときに観賞用として庭に植えられる。暑さ寒さにも強く日当たりと排水が良ければよく育ちます。
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高さ1.5㍍内外で枝分かれはひんぱんで根本から次々と出てきます。葉は楕円形、花は初夏に枝上部の葉腋から短柄を出して、その上にふつう2花を並べて開く。
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実のカタチがひょうたんの形をしているところから「ひょうたん木」の名があります。
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むかしから盆栽などで人気が高かったようです。人気故なかなか手に入らなかったとか・・・?実も思うようについてくれない。
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紅い花が終わると径約6㍉の球形ヒョウタンのような実が赤く熟し2個接着して瓢箪状になる。実は球形で赤く熟しますが、有毒ゆえあくまでも観賞用です
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by hime-teru | 2007-04-19 23:51 | 【あ】行の花 | Trackback | Comments(0)

          ★…  【 源氏物語 ゆかりの風景 】 巻13 『明石の巻』   明石の風景 …★    
                       撮影は H19,4,11 明石にて 
明石の史跡は文学好きの殿様で知られていた明石藩主松平忠国が明石が舞台となっている「源氏物語」を愛し、光源氏と明石入道に関する文学遺跡を作ったと言われている。
              ※ 明石駅ホームから明石城
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★物語ゆかりの善楽寺
平安時代末期には17院あり寺域も樽屋町にしめる大きな寺であったようです。大化の改新の頃に作られ明石で一番古い寺である。
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明石藩主松平忠国が立てた石碑「光源氏古跡明石の浦の浜の松があるが、その松は明治3年の失火によって焼けてしまい現在は新しく植えられたものようです。
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明石入道は大臣の家柄に生まれながら近衛中将の官を捨てて播磨守となり出家して明石の浦に住んだとされ、善楽寺は物語「明石入道・浜の館」があったところとされ、明石入道の碑が残されている。●明石入道の歌碑(読めません)
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★物語ゆかりの無量光寺
無量光寺は、浄土宗を山号を月浦山と称する江戸時代の正保年間に江井ヶ島から現地に移されたといわれている。昭和20年(1945)7月6日の戦災により、本堂その他を焼失したが、いち早く本堂を再建された。新しい鉄筋コンクリートの本堂である。山門は戦災をまのがれ美しい姿をとどめている。総欅造りで、名工左甚五郎が作ったと伝えられている。
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無量光寺は光源氏の月見寺で物語の中の源氏屋敷といわれている。
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ここからの「蔦の細道」は明石の君の住む「岡部の館」へ妻問う時に通った道と言われている。しかし、物語中には蔦も細道も記述がないのですが。
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”源氏稲荷大明神”見逃してしまいそうなところに。
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★朝顔光明寺「光源氏月見の池」があったようです。寺伝によると昔は今の10倍もの大きさであったとのこと。
「秋風に 波やこすらむ夜もすがらあかしの浦の月のあさがほ」…源氏(文中に記述はないが)
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今日の明石の浜は・・・・。
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◆参考◆【須磨・明石の巻】
須磨・明石の巻は、光源氏が父の帝(天皇)の死で政争に巻き込まれ流されて住んでいた場所です。源氏26歳、右大臣の娘で異母兄の皇太子(後の朱雀帝)の婚約者「朧月夜」との密通事件が露見し身の危険を感じ、自ら須磨に隠退。須磨では味わったことのない淋しい失意の日々、僧侶のような 生活が1年余り続いていました。巻末に春の嵐は止む気配がなく荒れ狂う風雨が続き、奇怪な夢(3月13日の夜、源氏の見た夢の中に父の故桐壺帝が現れ「住吉の神の導くまま須磨を去れ」と告げられた)をみます。翌日、前播磨国司”明石の入道”が舟で源氏を迎えに来て明石に移り住みます。

明石は「海に近く浜がにぎやかで、入江が美しく、素養のない絵師はとても描ききれないほど、ゆったりとして穏やかな風景だったようで御座います。
迎えに来た明石入道は偏屈で変わり者。明石入道は大臣の家柄に生まれながら近衛中将の官を捨てて播磨守となり出家して明石の浦に住んでいて都の貴族の邸に見劣りのしない邸を海岸の近くと山の手と二箇所持って裕福な暮らしをしていました。(当時の都の低い身分の貴族より地方官は裕福な暮らしができたようですね)明石の入道は源氏の母の従兄弟にあたり野望を持った人物です。
参考★紫式部自身も地方官の娘でした。


明石入道は一人娘を都の高貴な人にさしあげたいと教育し、娘は優しく上品な娘に育ちました。父の影響を受けて妙に気位が高いが姫は表面は控え目で知恵もそなわり都の尊い身分の女性よりすぐれスラリと背も高く琴の名手です。

源氏は入道の都風で贅を尽くした「浜辺の館」で優雅な暮らしを始めますが、落ち着いてくると女気が恋しく入道から聞かされた娘のことが気になり娘の住む「岡部の館」文を何度も送りますが、返事がなく焦らされます。しかし、源氏は入道の熱心な申し出を受け入れ明石の君のもとに通うようになっていきます。最初のうちは源氏も気が引けたのでしょうか?途切れ途切れにしか明石の君を訪問をなさいませんでしたが、だんだんと気持ちも通い合うようになり夜離れできなくなっていきます。

年が改まり「明石の君」の懐妊が明らかになった頃、都から「罪を解きすぐ帰京せよ」との朱雀帝の宣旨が届き別れを惜しみながら帰京することになりました。その後の明石の上の不安と寂しさは想像を絶しますが、物語は誕生した「明石の姫君」が、源氏に引き取られ都で”紫の上”の元で育てられ後に今上帝の中宮となります。母である”明石の君”も後に都に迎えられます。(明石の入道の生涯の夢が達せられるのです。)
by hime-teru | 2007-04-18 00:24 | 源氏物語(巻11~巻20) | Trackback | Comments(0)

                ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻 21  『少女の巻』  卯の花 ・ウツギ  …★
                                撮影は我が家にて
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この巻で源氏は構想していた【六条院の造営】にとりかかります。 
春夏秋冬の四季にふさわしい庭園をしつらえた四つの邸からなる大邸宅です。8月の落成とともに、その「春の町」に紫の上を、「夏の町」に花散里、「秋の町」に秋好中宮を移り住まわせ、少し遅れて10月に、明石の君が「冬の町」に移り住むのです。

★ 【 六条院の夏の町 】 
【原文】夏の町の『北の東』は、涼しげなる泉ありて夏の蔭によれり。前近き前栽、呉竹、下風涼しかるべく、木高き森のやうなる木ども木深くおもしろく山里めきて、卯の花の垣根ことさらにしわたして、 昔おぼゆる『花橘、撫子、薔薇、苦丹などやうの花』草々を植ゑて、春秋の木草、そのなかにうち混ぜたり。東面は、分けて馬場の御殿作り、埒結ひて、五月の御遊び所にて、水のほとりに菖蒲植ゑ茂らせて、向かひに御厩して、世になき上馬どもをととのへ立てさせたまへり。
意)…北の東は涼しい泉があって、ここは夏の庭になっていた。座敷の前の庭には呉竹(くれたけ)がたくさん植えてある。下風の涼しさが思われる。大木の森のような木が深く奥にはあって、田舎(いなか)らしい卯(う)の花垣(はながき)などがわざと作られていた。昔の思われる花橘(はなたちばな)、撫子(なでしこ)、薔薇(そうび)、木丹(くたに)などの草木を植えた中に春秋のものも配してあった。東向いた所は特に馬場殿になっていた。庭には埒(らち)が結ばれて、五月の遊び場所ができているのである。菖蒲(しょうぶ)が茂らせてあって、向かいの厩(うまや)には名馬ばかりが飼われていた。
【卯の花】
ウノハナはウツギの別名。ウノハナとは空木花」の中間を略した呼び名とも、卯月(うづき)(旧暦4月)に花が開くという意味の名であるともいわれる。
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ユキノシタ科の落葉低木。各地の山野に自生する。高さ1~2mで樹皮がはげる。若い枝、葉、花などに星状毛が密生する。5~6月頃、白い花が円錐花序をなして開く。萼筒は鐘形で萼片と円形の花弁各5枚、おしべ10本、花柱3~4本がある。
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庭木や生垣に栽培されたり材が堅いため木釘、つまようじ、小鳥の止り木などをつくるのに利用される。
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関東地方以西の山地の谷間の岩上などに生える別種ヒメウツギは、ウツギより花期が早く、葉はやや薄く表面は鮮緑色である。
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折口信夫博士によると・・・古くはウツギの花の咲きぐあいでその年の豊凶を占ったといい、多い年は豊作と考えられた。これは、ウツギの花が春から初夏への季節の変わり目に咲き、また白く目だつことから、暦の普及していなかったころに季節を知る重要な花であったことによるものと思われる。
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ウツギの名は『万葉集』にはないが「ウノハナ」で24首詠まれ万葉人も関心が高かったことが判る。
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参考までに
この巻は一点灯がともったような清純な場面が展開します。源氏の長男「夕霧」と、頭の中将(現内大臣)の娘「雲居の雁」の清純な恋物語が展開され、ひとまわり華麗に物語が広がっていきます。
夕霧と雲居の雁は、いとこ同士、二人は祖母大宮(故桐壷帝)のもとで育てられていました。
仲がよくて、自然の成り行きでしょう。いつの間にか幼い恋を育んでいました。初恋は実らないものですが、夕霧と雲居の雁は大人の論争をよそに、すったもんだしながら、この幼い恋を実らせていきます。そして、その後の雲居の雁の人生は、まさに「喜びも悲しみも幾年月」純真無垢な少女が人生の喜憂を味わいながら姉さん女房ぶりを発揮し、したたかで賢い主婦へと変貌していきます。
by hime-teru | 2007-04-11 23:40 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(0)

◆ 1週間のご無沙汰でした。春の京都・兵庫を訪ねておりました。 ◆ 
              ★… 【  源氏物語ゆかりの風景 】  巻12  『須磨』  須磨 …★     
                           撮影は H19,4,11 須磨にて 
【ゆかりの現光寺‐(源光寺)】
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★『須磨の巻』は・・・政情激変。須磨へ退去。光源氏、初めて味わう挫折感の巻です。
自ら招いたあやまちで源氏は右大臣の陰謀から逃れ、その一生でもっともわびしい須磨での生活を始めることになりました。
源氏の須磨退去は朧月夜との密会が原因ですが、彼女は正式な帝の妃ではございませんので、罪にはならないはずですが、右大臣側から無実の謀反の罪に陥れられるのをおそれて自ら須磨の地に退去したのですが・・・。
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自ら選んだ道とはいえ、日ごと侘びししさがつのり、それを紛ららわすように京にいる女君たちと歌の文通を繰り返しながら精進の日々をすごします。都では、月日がたつにつれ帝をはじめ人々が源氏を惜しみ懐かしく思い出しますが、弘徽殿大后の意向をはばかって都からの便りも途絶え須磨の冬がやるせなく過ぎていきます。
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『須磨の巻』は逝く春と離別の物語です。
出立の前に上から下まで全ての女房を西の対へ呼び「長生きが出来て、又、京へ帰る日が来るかもしれないが、私の所にいたいと思う人は西の対で勤めていてください」と言って、女の生活に必要な絹布類を豊富に分けて与え、華美な物や何年間かに必要な実用的な物も多くそろえて贈り、糺の神…加茂の社を遥拝(ようはい)してお暇乞(いとまご)いを神にして出かけていくのでした。
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巻末は荒れ狂う風雨や奇怪な夢は新たな局面を予想させます。

電車のホームから須磨の海が眺められる。穏やかな風景に平安の時代に思いをはせて・・・。
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【このお寺に須磨の関跡の碑がありました。】
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関…海はすこし遠けれど関吹き越ゆると言ひけむ……行平中納言。
須磨の関も越えるほどの秋の波が立つと行平(ゆきひら)が歌った波の音。
光孝天皇の怒りに触れ在原業平の兄で平安初期の歌人である中納言在原行平がこの地に流された所でもあります。在原行平にとっても光源氏にとっても配流の地であった。そういう意味で当時の都人の眼には、わびしさがつきまとう地として映っていたようでございます。
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境内にひっそりと咲く『椿』が目にとまりました。
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ヤブ椿の古典種「卜伴の月光 」だと思いますが・・・。気品があり、なんと愛らしい花姿でしょう。源光寺で出会ったからでしょうか?
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京を離れこの椿に紫の上への思いを重ねて眺めていたような感じさえして参りました。
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by hime-teru | 2007-04-11 23:37 | Trackback | Comments(0)