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【源氏物語巻名の花】 巻49  『宿木の巻』 やどりぎ

              ★… 【源氏物語巻名の花】 巻49 『 宿木の巻 』 やどりぎ …★
                       撮影はH20年、秋・京都宇治にて
文中★「宿り木と思ひ出でずは木のもとの 旅寝もいかにさびしからまし」
意)宿木の昔泊まった家を思い出さなかったら木の下の旅寝もどんなにか寂しかったことでしょう。
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〓〔宿り木〕〓
寄生木、ヤドリギ科の常緑小低木。ホヤ(寄生)トビヅタ(飛蔦)ともいう。ケヤキエノキ、サクラ、ミズナラその他の落葉広葉樹の樹上に寄生することから宿木・ヤドリギの名がある。よく枝分れして径40~60センチの球形。枝は緑色で二又から三又状に多数分枝し、関節があり乾くとばらばらになる。
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革質で厚く濃緑色で光沢がなく雌雄異株。2~3月、枝先の葉の間に淡黄色の小花を通常3個ずつ頂生して開く。果肉は粘りが強く鳥類によって他樹に運ばれ粘着して発芽する。北海道から九州、および朝鮮半島、中国に分布する。
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落葉した木に着生し常緑を保つヤドリギは、古代の人々にとって驚きであったとみえ、ヨーロッパ各国でセイヨウヤドリギの土着信仰が生じ、儀式に使われた。古代ケルト人のドルイド教では年初の月齢6日の夜、ヨーロッパナラに着生したセイヨウヤドリギを切り落とす神事があり、北欧では冬至の火祭りに光の神バルデルの人形とセイヨウヤドリギを火のなかに投げ光の新生を願った。
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常緑のヤドリギを春の女神や光の精の象徴として室内に飾る風習はクリスマスと結び付き現代に残る。 日本でもヤドリギは、常緑信仰の対象とされていた。大伴家持『万葉集』巻18で、宴(うたげ)の席で詠んでいる。ほよはヤドリギの古名で、髪に挿し長寿を祈る習俗があったことがわかる。
(↓桜の木に絡む宿り木、養分を吸い取られて、桜の木は大丈夫でしょうか?吉野では、やむを得ず、桜を守るため、宿り木の枝を落としているようです。宇治の桜もいつまでも綺麗に咲いてくれるよう願うばかりです)
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〓簡単に物語〓
帝(今上帝)は、最愛の娘「女二の宮」の将来を、薫に託そうと考えています。父朱雀帝が娘の女三の宮を源氏の降嫁させたように・・・。しかし、薫は気がすすみません。一方、夕霧は娘の六の君の婿を匂宮に決め、中宮の口添えもあり匂宮はしぶしぶ承知します。(承知せざるを得ない状況なのでした)
中の君の嘆きは深く今更ながら父の遺戒に背いて京に出てきたことを悔やみます。亡き姉君が決して宇治から出ようとしなかった生き方を思う毎日でしたが、既に中の君は、懐妊していたのです。

しぶしぶ夕霧の婿となった匂宮ですが六の君と会ってみると姿態はたいそう美しく、髪のさがりや頭の恰好などは、人より格別にすぐれて素晴らしく、色艶もつやつやとして堂々とした気品のある顔、目もとも美しく可愛らしい。何から何まで揃っていて器量のよい人なのである。匂宮は浮気な御性質ゆえ、まんざらでもありません。中の君の事を忘れているわけではないが・・・、次第に夜離れを重ねるようになり、中の君の嘆きは日に日に深まるばかりです。

思い余った中の君は、薫に手紙を出し、宇治へ連れていって欲しいと頼みます。未練がましく未だに大君を慕う薫の方は、中の君に大君の面影を重ね次第に心惹かれていきます。中の君と話ながら募る思いを抑えかね、その袖をとらえて我が心を訴えるのでした。そこへ帰ってきた匂宮は、中の君の衣に薫の芳香が移っていることを怪しみ責めますが、彼女は何事もなかったように匂宮をもてなします。
薫は、大君の供養に宇治の邸をなおし、大君の人形を作りたいと中の君に願いでます。薫の恋慕に悩むようになっていた中の君は、彼の接近を避けるべく異母妹に亡き大君によく似た人がいると「浮舟」の存在を告げます。ここで「浮舟」の登場です。

薫は宇治に出向き、浮舟の事を弁の尼に尋ねます。ここで、また弁の尼が登場真相を語らせます。早速、薫は弁の尼に浮舟への仲介を頼み込みます。

翌年二月、中の君が男児を出産したため匂宮の妻として誰からも重んじられるようになります。同じ頃、女二の宮と結婚した薫は、帝の婿として世人からねたみを買うほど羨望されますが・・・、当の本人の胸中は憂うつです。大君を思うあまり宇治の邸の造営に熱心なのです。薫は宇治で、偶然初瀬詣でからの帰りの浮舟を垣間見ます。息を呑み、薫が探し求めていた大君の面影を宿す形代(身代わり)そのものに驚きます。

作者は薫が中の君への横恋慕から危うい三角関係に陥ろうとするところで突然「浮舟」という女性を登場させてくるのです。「浮舟」は「八の宮」の娘で、大君・中の君とは異母妹の関係、八の宮は身分の低い母ゆえ宮家の名誉を考えてか彼女を認知しませんでした。宇治の八の宮邸を追われた浮舟母子は地方暮らしをしていたのです。

姉の大君が自分に向けられた薫の愛を妹の中の君に向けようとした同じことを、今度は中の君が、薫の横恋慕を避けようと「浮舟」に向け、彼女の運命をも変えてしまうのです。いかなる因果か?なんとも皮肉な物語なのです。

この巻には、菊・朝顔・女郎花・忘れ草(甘草)など出て参ります。
参考までに2006-12-06 【宿木の巻】
2006-07-30 【忘れ草】
アップ済みですのでご覧下さい。
by hime-teru | 2009-05-19 23:45 | 源氏物語(巻41~巻50) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻5 『若紫の巻』 紫草・ムラサキソウ 

          ★… 【源氏物語巻名の花】 巻5 『若紫の巻』 紫草・ムラサキソウ …★
                  撮影はH21.5.9 向島百花園にて
紫式部は登場人物の縁(えにし)に植物を巧みに使っています。ムラサキの根から得られることにかけた「若紫」などはその代表と言えます。紫根のよる紫染めは平安の頃より行われ紫式部は『紫』という植物の性情を熟知していたのではないかと思われます。紫の上の生涯は物語の心奥に深く浸透し、今も優艶な薫香を漂わせている。紫は色としても最高の永遠のあこがれの色です。
植物染色の中でも尤も至難な染色ではないかと思う。と染織家の「志村ふくみ」さんのお話しです。
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紫の花を撮影しなければと思いながら1年が過ぎ、漸く花に出逢い撮影することが出来ました。
教育園の紫は今年も無理と思い、向島百花園にあると聞き、電話で開花の状況を伺いましたら”終わりかけです”と言われたので、急遽、撮影に行ってきました。
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紫の花は絶滅種なのに、雑然とした野草の中で2株(雑草の掃きだめ菊と見間違える様相)で咲いておりました。立ち止まって見る人はいない。取り付いている私を見て、通りすがりの人は、つまらない花を撮影しているなぁと思われていたに違いありません。目黒の教育園では大事に大事に育てられていたのに・・・。向島百花園では意表をつき!放りっぱなしと言う感じ。しかし、紫草は根に栄養分を蓄え越年する植物のようですが、雑然とした野草の中で大丈夫なのか、ちょっと心配になりました。
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天平時代には各地で栽培も行われ、江戸時代には奥羽、甲州、総州、播磨などが名産地として知られたが、明治以降は東北地方にわずかに残り、現在ではほとんど栽培はなく野生もほとんどなくなりました。
栽培は大変むずかしく連作は出来ないようです。現在ではごく限られたところで栽培されることもあるようです。紫根染が貴重視され珍重されてきた理由は栽培が大変むずかしい植物だったからでしょう。

根をとって乾かすと紫黒色(紫根・しこん)と称し、古くから紫色の染料として紫根染めに用いられ、また、薬用にも供された。紫染は出来るだけ新しい紫根をお湯の中で揉んで、紫の色素を抽出するか、大量の場合は紫根を臼に入れて熱湯を注ぎ杵でつきつぶして色素を取り出さねばなりません。手間暇掛けて得た紫根の液にあらかじめ椿やヒサカキの灰汁に浸け、乾かしておいた糸や裂地を浸けて染め上げます。濃色にするには染液に浸けては乾かす工程を何回も繰返すようです。また灰汁の使い方によって赤味になったり青味になったりと染色はデリケ-ト。
〓美しい日本の色を染め上げた植物〓
★紫=ムラサキ(紫草)ムラサキ科。スオウ(蘇芳)マメ科 
★赤=ベニバナ(紅花)キク科アカネ(茜草)アカネ科 
★青=アイ(藍草)タデ科 
★黄=コブナグサ イネ科 クチナシ(梔子)アカネ科 ウコン(鬱金)ショウガ科

〓【紫】〓
ムラサキ科の多年草。草丈は30~60センチ。の東アジアの温帯に分布する。日当りのよい乾燥した草原や山地に生え,日本ではほぼ全域に自生するといわれるが・・・。かつては武蔵野の代表的な野草でもあった。茎は直立して、根は太くて乾くと濃紫色となる。6~7月に,葉状の包葉の間に短い穂状の花序を出しウメに似た白色の小花を数個つける。萼は5深裂し花弁は5裂して平らに開き径4~5mmで花筒の上部に5個の鱗片がある。
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ムラサキの栽培はむずかしく花は小さい。いけ花にはあまり使われない。
※果実は灰白色で光沢があり小さい。
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漢方では根(紫根)を、解熱、解毒、肉芽形成促進剤として、はしか、皮膚病、皮膚潰瘍などの治療に用いる。含有色素はアセチルシコニンなどである。外用軟膏として有名な紫雲膏(潤肌膏)は華岡青洲の創方で、当帰と紫根を主薬とし、火傷、凍傷、ひび、あかぎれ、切り傷などの治療に用いる。

『万葉集』に17首に「紫」がみえるが、花を詠んだものはなく、紫色、その染料として用いられた紫草が詠まれている。その染色はツバキの灰で媒染し市で売られていた。色は灰の量により変化した。その用例が『延喜式』にみえる。

『古今集』「紫草の 一本故に武蔵野の 草は皆がら あはれとぞ見る」により武蔵野の景物とされていた。また「紫のゆかり」縁故の意として『伊勢物語』や『源氏物語』などに語られ、とりわけ藤壺、紫の上、とつながる血筋は『源氏物語』の構想にかかわるものとして、作者、紫式部の呼称の所以にもなった。『枕草子』「めでたきもの」の段には、「花も糸も紙もすべて何も紫なるものはめでたくこそあれ」とある。

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紫根染の紫は生地に灰汁による媒染を数十回ほどこしてようやく染物が完成する。青味の強い紫で江戸紫に似ているのではないかと思います。東映創立五十周年記念作品。映画「千年の恋」で紫式部を演じた女優が来ていた衣装(一着?百万円)↓このような紫ではないかと思いますが・・・。
昨年石山寺にて撮影したものです。
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岩手県の「南部紫」は当時の紫の草木染めを復興させた紫根染
紫根染が南部地方に伝わったのは鎌倉時代以前と言われ、藩政時代には藩の手厚い保護の下に生産されていたが、明治維新後、完全に途絶えた。しかし大正5年、南部紫根染研究所が設けられ復興、昭和8年研究所の主任技師だった先代・故藤田謙が独立して草紫堂を創業されたと言う。
かの有名な宮澤賢治が、盛岡高等農林学校在学中に南部紫根染研究所が設立され、高等農林学校は設立に大きく関わっていることから『紫紺染について』という小品を残しています(賢治は紫根染の『根』をわざと『紺』と書いたものと思われます)。紫根染の将来に大いに可能性を感じていたのではないかと思われます。

しかし、近年、染料となる根の入手が難しくなり、工夫された化学的方法を取り入れ再現されているようです。

季題は「若紫」が春、「紫草」が夏。
06-10/02 の【紫】に飛びます。
by hime-teru | 2009-05-14 23:35 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(7)

【源氏物語巻名の花】 巻48 『早蕨』 蕨・土筆・・

              ★… 【源氏物語巻名の花】 巻‐48 『早蕨』 蕨・土筆・・…★
早蕨・さわらび』の巻名は、中の君が詠んだ和歌に因みます。↓写真は昨年秋「宇治」にて
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既に下記にてアップ済み。
蕨(ワラビ)2006-05-25 【蕨(ワラビ】  つくし(土筆・筆頭菜)2006-04-18 梅2006-04-28。お時間がありましたら覗いてみてくだされば幸いで御座います。
 「君にとてあまたの春をつみしかば常を忘れぬ初わらびなり」     阿闍梨
 「この春はたれにか見せむなき人のかたみにつめる峰のさわらび」    中の君
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『早蕨とは芽を出したばかりのワラビのことです。『現代でも※ワラビは山菜の王者的存在です。当時は想像以上にその存在が価値が高かったと思われます。平安時代には塩漬けのわらびがあったようです。物語には歌が3首、文章に2カ所出て来ます。春のわらび摘みは古くから人々の関心が深かったようですね。※土筆はつくしんぼ・筆の花。古称=つくづくしと呼ばれていました。また、薫中納言が二条院に参上なさいました折、匂宮と物思いに耽りながら、箏の琴を掻き鳴らしながら梅の香りを楽しんでおられる場面を記載しました※「梅」は他の巻でもアップ済みですので、こちらもお時間がおありになれば・・。』
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【簡単に物語】
匂宮との結婚を前にした宇治での中君の物語です。
宇治の山里に春の陽光がさしこんできました。父も姉も亡くした中の君の元に、父の法の師だった宇治山の阿闍梨から例年通りワラビやツクシが届けられた。中の君は阿闍梨の心づくしに涙を流します。匂宮は宇治通いが困難なので、大君の喪もあけた二月、中の君は、京の二条院の匂宮邸へひきとられることになりました。

薫は、中の君の後見役として細かな心配りをしますが、一方では、中の君を匂宮に譲ったことに後悔の念を禁じえません。大君を失った悲しさに身の置き所もない薫は、匂宮と中の君との幸せを願ってはいるものの、しだいに中君へ心が傾き、未練がましい思慕の情を断ち切れないでいるのです。

中の君は出家して宇治に残る女房の弁との別れを惜しみ不安を抱きなが上京します。京の二条院に移った中君に匂宮は細やかな愛情をそそぎます。が、匂宮と六の君との結婚を、右の大殿(夕霧)はこの月に予定していたのですが・・・・はてさて!!!。

右の大殿(夕霧)は、娘・六君を匂宮に嫁がせようと決めておられましたが、宮が意外な姫君を宇治よりお迎えになりましたので、大層不愉快に思っています。六の君と匂宮の婚儀を目論んでいた夕霧は二十日過ぎに六の君の裳着を決行、そして、ならば薫との縁組をと打診したが、「世の無常を目の前に見ましたので、この身こそが不吉に思われましてその気になれません」と薫の対応はそっけなかった。

薫中納言も近くの三条宮邸に移られました。桜の盛りのころ、二条院を訪れ中の君に親しく近付く薫に、匂宮は警戒の念を抱きはじめます。

薫と大君、匂宮と中の君と、空想した関係は大君の死によって崩れ、これからは中の君を巡り危険な三角関係?に陥ろうとしています。物語はまた新たな局面を迎えます。
by hime-teru | 2009-04-17 23:59 | 源氏物語(巻41~巻50) | Trackback | Comments(2)

【源氏物語巻名の花】 巻46 『椎本』 椎の木 

               ★… 【源氏物語巻名の花】 巻‐46 『椎本』 椎の木 …★
☆物語は匂宮も宇治への通い人となり、複雑な展開となっていきます。
◆文中)立ち寄らむ 蔭と頼みし 椎が本 むなしき床に なりにけるかな。
◇意)立ち寄るべき陰と頼りにしていた椎の本はお席もむなしく跡をとどめているだけで、空しい床になりました。我が師と頼りにしていた八の宮を失ったことで、薫は道心も失ってしまうのです。
巻名の「椎本」は、この歌によります。
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現在、宇治橋東詰め近くに「彼方神社」があり、境内に椎の大木があるようです。「宇治十帖」の碑の一つ「椎本之古墳」があるようですが・・・。昨年は日も暮れて訪ねることが出来ませんでした。
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〓椎〓
ブナ科の常緑高木。高さ25メートル、径1.5メートルに達する。樹皮は黒褐色。小枝は細かく分かれ、半球状の樹冠をつくる。5月下旬、雄花、雌花ともに穂状花序となり、クリの花に似た強い臭気がある。虫媒花。秋には実を結ぶ。堅果(ドングリ)の見分け方がいまいち勉強不足ですが、長さ約1㌢のものをツブラジイ(コジイ)とのこと。大木のシイの根元に落ちていました可愛いドングリです。
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若木の内から樹皮が割れ始め、堅果は大きく狭卵形、長さ約1.5㌢のものを変種スダジイ(イタジイ)食べられるようです。
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材は建築・器具に、樹皮は染料に用いる。また、椎茸栽培の原木とする。
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〓【簡単に物語】〓
物語は、宇治川を一つ隔てて、対岸と此岸(しがん)、栄枯の二人の宮が相対する構図になっています。匂宮は薫から宇治の姫君の話を聞き、長谷観音に参詣を思い立ち、その帰途、宇治の八の宮の姫君たちと接触できるかも知れないという期待をもって宇治の八の宮邸の対岸にある夕霧の別荘に中宿りをするのです。
宇治の中宿りの宿舎は、匂宮の外祖父にあたる光源氏の所領を嫡男の夕霧大臣が伝領し、知行している所の別荘を提供したと語られています。

現在の宇治平等院のあたりとされていますが、これは光源氏のモデルと言われている源融(みなもとの・とおる)が、この地に別邸を営んだという史実からのことです。
したがって、「憂し」の山里に住まう八の宮は、対岸の現在地、宇治神社のあたりに山荘を構えていたということになります。
↓写真の赤い朝霧橋の対岸と此岸。左対岸ー紅葉しているところが宇治神社、右ー宇治平等院方面。
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八の宮は、夕霧や子息達が匂宮一行を歓待する物音を川波を隔てて聞くにつけ昔の栄華をしのばずにはいられません。しかし、このところ健康がすぐれず、死期の近いことを予感して婚期もすぎた姫君たちの事を思いあぐねていました。
薫は中納言に昇進。ですが、出生の秘密を知ってからと言うものは、はかなく亡くなった実の父の罪ほろぼしの為と、ますます出家の意を強くして行きます。7月、久しぶりに宇治を訪れた薫に、待ち構えた八の宮は姫君たちの行末を託します。
死期を感じた八の宮は、姫君達に、宇治の地を捨て京に出て親の面目をつぶすような結婚などしてはならぬと諭します。親王としての自尊心でしょうか?人並みの結婚ならば、しないほうがまし、姫達にはあまりにも厳しい言葉です。そして、この父の遺訓が姫君の人生に大きく影を落とすことになるのです。

それにしても姫達の行末を託した薫への依頼は?結婚ではなく経済的援助、それとも精神的支えなのか? 23才の薫君に25才と23才の姫達の行末を託した八の宮。姉妹の後見を願うとは、どう考えても薫君は若すぎますね。意図が判りませんね。
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八の宮は、そのまま山寺にこもり8月20日ごろ不帰の客となります。悲嘆にくれる姫君達を薫は何かと心遣いをします。宇治への通い人となった匂宮からも弔問があり、忌が明けると同時に求愛の手紙が届いたりします。しかし、父宮の遺言を思い出にすがる姫君たちはどんな高貴な人の求愛にも応じようとしません。

年末のある雪の日。再び宇治を訪れた薫も胸中を大君に訴えますが、父の遺言を守り、取り合ってくれません。そんな大君に薫はますます心をひかれていきます。 一方、匂宮は、周囲から夕霧の娘六の宮との縁談を勧められますが、関心を示さず、宇治の姫君へ思いを燃やし、薫に姫君との間を仲介してほしいとせがみます。

翌年の夏、宇治を訪れた薫は、喪服姿の姉妹を垣間見て、とりわけ大君への思慕の情を一層強めます。この、姿を垣間見る場面で、「椎本」の巻は終わります。
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霧深き宇治の山荘を舞台に物語られる「宇治十帖」前半の登場人物が、すべて出揃いました。
by hime-teru | 2009-03-15 19:26 | 源氏物語(巻41~巻50) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻43  『紅梅』  紅梅

        ★… 【源氏物語巻名の花】 巻 43 『 紅梅 』 紅梅(こうばい) …★
巻名になるほどに、この巻は「梅の花」の表記が多い。既にアップ済みですので梅について記しておきます。『源氏物語』を演出する数々の植物のなかで松の表記は数え切れない。続いて桜・梅の花と続きます。他にフジ、ヤマブキ、ヤナギ。草花は全く登場してきません。
【梅】
紫式部の時代、ウメが新春の花として注目されていたようです。『源氏物語』文中ではサクラに続いて、いくつかの帖では開花日まで記されています。巻6「末摘花」では正月7日、白馬の節会の夜。又、二条院の若紫の姫君を訪れると毎年いち早く咲く紅梅は色づいている等。昔の正月は今の2月ですが、紅梅は白梅より少し開花が遅れるが早咲きで色づいている程度なら2月の上中旬にあたるのですが?温暖化の現代では季節を待たずに咲き始める。
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梅はバラ科サクラ属の落葉高木。中国中部の原産で日本で野生化した。『万葉集』ではウメといい、平安時代以後はすべてムメとよび、現代はウメと称し、300種以上品種があるようです。
日本に渡来したのは奈良時代以前のようで、当時から観梅が行われ『万葉集』では桜を凌ぐ3倍も取り上げられ歌に詠まれています。紅梅が顔を出すのは9世紀頃。早春、葉に先だって開く花は五弁で香気が高く、平安朝以降、特に香を賞でて詩歌に詠まれました。
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花の色は白・紅・薄紅、一重咲・八重咲など、多くの品種があり、果実は梅干あるいは梅漬とし材は緻密で堅く床柱,箱類,彫刻、器物になる。
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                  ★… さてさて、物語ですが …★
この巻の中心人物は紅梅大納言(按察大納言)先の頭の中将の次男(柏木の弟)一族のお話です。柏木は昔の頭の中将の長男でしたが、女三の宮さまとの不義事件が元で若くして亡くなり、家系を引き継いだのが弟君でした。正妻を亡くし真木柱(髭黒の娘)と再婚しています。正妻との間に姫君が二人(大君と中の君)真木柱の連れ子(蛍兵部卿宮の実娘=宮の御方)と邸に一緒に住んでいます。

三人の姫君に求婚する人が数多いて、帝や東宮からもお話しがあります。帝には明石の中宮が、東宮には夕霧右大臣の娘が待っています。紅梅大納言は、先妻腹の大君を帝の東宮に参内させ、中の君を匂宮にと思って、紅梅に歌を添えて匂宮に贈ったりしますが・・・。匂宮は気が乗らないようです。匂宮の関心は連れ子の宮の御方にあるからです。

大納言は宮の御方を我が子のように思っていますが、彼女は内気な性格ゆえ中々うち解けようとしません、わが境遇から考えて結婚自体も諦めており匂宮からの熱心な求婚にも応じようとしません。
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                      〓 文中の梅の記載 
★文中)軒近き紅梅の、いとおもしろく匂ひたるを見たまひて・・・
☆意)軒に近い紅梅が、たいそう美しく咲き匂っているのを御覧になって・・・

★文中) 心ありて風の匂はす園のにまづ 鴬の訪はずやあるべき……大納言の詠歌
☆意)考えがあって風が匂わす園の梅にさっそく鴬が来ないことがありましょうか?
「梅」は大納言の中の君、「鴬」は匂宮。二人の縁組を望む歌である。匂宮がお好みの梅の花にてお手紙のやりとりをなさるが・・・。

★文中) 園に匂へる紅の、色に取られて、香なむ、白き梅には劣れるといふめるを、いとかしこく、とり並べても咲きけるかな
☆意)園に咲き匂っている紅梅は、色に負けて、香は、白梅に劣ると言うようだが、とても見事に、色も香も揃って咲いているな」と匂宮はご賞美なさる。
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★文中)花の香を匂はす宿にとめゆかば色にめづとや人の咎めん……匂宮 御歌
☆意)花のいい匂いを漂わせているところなどをうっかり捜して行こうでもしたら、やはりあいつは色好みだと誰も目をつけはしないだろうか?
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大納言は、中々うち解けようとしない宮の御方を、我が娘の中の君よりも優れているのではないだろうか?と気を揉みます。母の真木柱は良縁と思いつつも、匂宮が宇治の八の宮の姫君(中の君)のところにお通いになっていることを知り匂宮の好色の噂に躊躇しています。
大納言の思いと匂宮を中心に、異腹の姉妹である中の君、宮の御方の行く末が語られていきます。例のごとく、それぞれの思惑が、それぞれに違って、この先どういう展開になるのか?「桜」に先んじて「紅梅」にも「魔性」が歩み寄ります。

ここで、唐突にも宇治十帖のヒロイン「八の宮の姫君」を前登場させています。
◆登場人物が歳月を重ねて登場してきます。真木柱が紅梅の大納言の妻に。薄幸の真木柱が仲の良いご夫婦での登場は驚きです。物語は姫君達のお嫁入りのお相手が帝、春宮、匂宮、薫、この四人に絞られていきます。
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by hime-teru | 2009-02-07 23:27 | 源氏物語(巻41~巻50) | Trackback | Comments(6)

【源氏物語巻名の花】  巻30 『藤袴』   藤袴 

            ★… 【 源氏物語巻名の花 】  巻30   『藤袴』   藤袴・フジバカマ …★
                           撮影は H20,9 実家にて
藤袴の物語は玉鬘の懊悩から始まります。
玉鬘は望み通り父とも対面し今後の身の振り方も決まったものの、悩みは尽きず尚侍として入内すれば宮中で姉の弘徽殿女御や源氏の娘分の秋好中宮との関係を思うと・・・苦労の絶えない日々を送ることになるのではと決心がつかず、養父の源氏や実父の内大臣に心置きなく相談もできずに悩んでいます。
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一方、玉鬘と兄妹ではないと知った夕霧は彼女に心を動かします。ある日、源氏の使者として玉鬘を訪れた夕霧は持ってきた蘭の花に託して我が想いを切々と訴えます。
◆かかるついでに、蘭の花のたいそう美しいのを持って御簾の端から差し入れて「この花も御覧になるわけのあるものです・・・」と。
蘭(ふじばかま) ※(巻名の藤袴は、この蘭の名をとったもの)
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同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも …… 夕霧
意)あなたと同じ野の露に濡れて萎れている藤袴です やさしい言葉をかけて下さい、ほんの申し訳にでも 同じ縁に繋がる私の恋を少しでもあわれと思っていただきたいのです。
「藤袴」は、「藤衣」(喪服)の意をひびかすとともに、ゆかりの色(藤-薄紫)の意を表す

尋ぬるにはるけき野辺の露ならば薄紫やかことならまし …… 玉鬘の返歌
意)尋ねてみて遥かに遠い野辺の露だったならば 薄紫のご縁とは言いがかりでしょう
「野」「露」「かこと」の語句を用い、「藤袴」はその色「薄紫」を用いて、「かことならまし」と切り返す。
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【藤袴・フジバカマ】
キク科の多年草。茎は直立し、大きいものは2メートルに達する。葉は対生し下部のものは三裂し裏面に腺点がない。8~10月、茎上部に散房状花序をつくり、頭花を多数つける。頭花は普通、淡紫色の管状花5個からなる。古く中国から帰化したという説もあるが、中国から日本に分布する自然野草の1種とする考えもある。秋の七草の一つとしてよく知られるが、最近では女郎花同様あまり見かけなくなりました。一つにはフジバカマが生育するような平地の自然草地が開発によってほとんど姿を消してしまったからでしょうね。
薬用としては、利尿、通経、黄疸(おうだん)などに用いる。
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参考
中国では古くは蘭(らん)とよばれ、紀元前にその名はみえる。蘭は現在ラン科の植物に使われるが、『楚辞(そじ)』には「蘭草大都似沢菊」蘭草はだいたい沢菊に似るの記述があり、キク科であることがはっきりわかる。それが現在のランと同名で呼ばれたのは、ともに芳香を有するからのようです。区別する場合はフジバカマに蘭草、ランに蘭花をあてている。

蘭の花を孔子は「蘭当為王者香」と表現した。日本には上代に渡来したと推定され、『日本書紀』の允恭天皇紀に皇后の忍坂大中姫命(おしさかのおおなかひめのみこと)からブユを追い払う鞭にと庭の蘭をむりやりもらう、闘鶏(つげの)国造の話に載る。
山上憶良は『万葉集』でフジバカマを秋の野の七種の花の一つにあげているので当時すでに野に逸出していたことがわかる。
名は藤袴の意で筒状の花を袴に見立て藤色とあわせてつけられた。
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『源氏物語』の中の藤袴は「匂宮の巻」で、薫や匂宮の体や衣服の薫香の表現に用いられ、「藤袴の巻」では喪服の「藤衣」を意味する歌として詠まれて巻名にもなり、自然の花としてよりも、人事的な意味で用いられていることは和歌の場合と同様である。
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※藤袴の異名を「蘭(らに)」「紫蘭(しらに)」といい、『拾遺集』『源氏物語』『平家物語』『古今六帖』に「らに(蘭)」と記されている。 

        ○ …………………………………………………………… 

【簡単に物語】
光源氏の太政大臣時代(37歳)秋8月から9月、念願であった父との対面を果たした玉鬘。出生の真相を知った夕霧と柏木はとまどいます。裳着の式も終わり、内大臣の姫君として世間からも認知された玉鬘の姫君でしたが、実の父ではない源氏が以前より馴れ馴れしく玉鬘の傍近くに近づくようになったり、実の父君である内大臣は、玉鬘をご自分のお邸にお迎えになる様子もお見せにならないので、鬱陶しい毎日をお過ごしになっておいででした。

内大臣は源氏の性格を周知されていましたから、突然、自分は玉鬘の婿だと宣言なさるかもしれない源氏に遠慮して動くことが出来なかったというわけです。実父も養父もあてにはならない、諦めにも似た気持ちで過ごしている玉鬘でした。

そうしているうちに夕霧と玉鬘のお祖母さま(三条の大宮)がお亡くなりになりました。お二人は揃って喪に服され、今は姉弟ではない間柄ですが、今さら、よそよそしくするのも・・・ということもあって昔どおりの親密なお付き合いをしていらっしゃいます。
ところが、夕霧は玉鬘のお部屋を訪問する度に自分の恋心を打ち明けることが多くなり、野分の折に玉鬘の容姿を盗み見してしまうのです。遅かれ早かれ父の源氏の君の妻になるであろうと思うと玉鬘が惜しくてならないのです!。

10月になって源氏は玉鬘の出仕を決めるのです。(傍に置いておきたかったからでしょう)裳が明けてから冷泉帝に入内が決まる。玉鬘が入内されてしまったらどうにもならないとばかり、隙をみて姫君を自分の妻にしたいと求婚者達は手づるを求めて水面下で工作をしていますが・・・。

内大臣(実父)のところには、玉鬘との結婚を許して欲しいと髭黒の大将が度々お願いをしに参ります。この人は内大臣に次ぐ地位にあり帝からの信任も厚い方でしたから、内大臣は玉鬘の婿に不足はないとの考えをお持ちでした。
しかし、髭黒大将には北の方が既においでになります。紫の上の腹違いの姉君にあたる女性ですが、ご夫婦の相性が悪いうえにご病気持ちで大将は大分前から離婚を考えており玉鬘の姫と結婚出来たら現在の北の方を離縁し、玉鬘を北の方に・・・。と思っています。
源氏の君は髭黒の大将には正妻があることや大将と親しくないこともあり、この縁談には乗り気ではありません。

源氏物語の発端以来、左大臣家(源氏)と右大臣家(藤氏)の対立をふまえ、女性達の個性が典型化して描かれている中で玉鬘は血統的に言えば(藤氏)方ですが、源氏に育てられて、源氏方の性格を持っているため、髭黒の大将に嫁ぐことは気が進まぬようです。
髭黒の大将は源氏の風流貴公子型ではなく、実務処理や政には秀でた男性的な人でしたから。しかし、皮肉なことに最後には、さらわれるように髭黒の大将の妻におさまります。
by hime-teru | 2008-09-29 21:37 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(4)

【源氏物語巻名の花】  巻26 『常夏』  撫子(常夏)

            ★… 【 源氏物語巻名の花 】  巻26  『 常夏 』  撫子(常夏) …★
                                撮影は H,20、我が家にて
『源氏物語』では常夏」を妻や愛人撫子」を幼児の象徴として、使い分けして用いてたようです。季題は「石竹」「常夏」が夏、「撫子」が秋。
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この巻は養父(源氏)と養女(玉鬘)の禁忌の恋物語から始まります。
☆ 御前に乱れがはしき前栽なども植ゑさせたまはず撫子の色をととのへたる、 唐の、大和の、籬いとなつかしく結ひなして咲き乱れたる夕ばえ、いみじく見ゆ。
 意)お庭先には雑多な前栽などは植えさせなさらず、撫子の花を美しく整えた唐撫子、大和撫子の垣をたいそう優しい感じに造ってあり、その咲き乱れている夕映え、たいそう美しく見える。
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撫子を飽かでも、この人びとの立ち去りぬるかな。
意)撫子(玉鬘)を十分に鑑賞もせずに、あの人たちは立ち去ってしまったな。
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★撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人や尋ねむ … 源氏から玉鬘
  意) 撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな。
「とこなつかしき」と「常夏」(撫子の別名)の掛詞。「もとの垣根」は母夕顔をさす。
  
★ 山賤の垣ほに生ひし撫子の もとの根ざしを誰れか尋ねむ … 玉鬘の返歌。
 意) 山家の賤しい垣根に生えた撫子のようなわたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか?
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★【撫子
ナデシコ科の多年草であるカワラナデシコ、タカネナデシコなど、自生するナデシコ属植物の一般名。また、カーネーションを除くナデシコ属の園芸植物の総称名でもあり、セキチク、トコナツ、イセナデシコ、アメリカナデシコ(ビジョナデシコ)などを一般にナデシコとよぶことが多い。河原撫子は少女の巻でもアップ済みですが・・・。
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ナデシコ属は北半球を中心に世界に約300種分布する。多年生の草本が多い。花弁は桃色で先は細かく切れ込むものが多い。日本には4種分布する夏から秋にかけて花を開くカワラナデシコとその基本種エゾカワラナデシコは古くから親しまれ秋の七草の一つに数えられている
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中国ではセキチクとエゾカワラナデシコを瞿麦と称し、地上部を利尿剤に根を抗腫瘍薬として用いるといわれる。日本のカワラナデシコとセキチクの区別ははっきりされていない。
平安時代、清少納言、紫式部、和泉式部はいずれもカラナデシコ(セキチク)と、ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)を見分けていた。ナデシコの栽培品種が分化するのは江戸時代。
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【簡単に物語】
この巻は源氏と内大臣の意地のはりあいの場面です。普段の私生活でも張り合っています。
夕顔の娘(玉鬘)を養女にした源氏は玉鬘に多くの懸想文(けそうぶみ=今でいうラブレター)が届くようになりますと、源氏自身しだいに手放すには余りにも惜しい想いにかられるようになります。「熱心に口説いたならば、いくら人目が多くても差し障りはあるまい!」と、なんと呆れた養父源氏。世にも珍しく厄介な養父と養女の仲なのである。

しかし、源氏は玉鬘への想いはつのるばかりだが、紫の上と同じ扱いは出来ないという分別は持ち合わせており、蛍兵部卿宮か髭黒大将に託すのが本人の幸せ?と思いながらも玉鬘への未練を絶つことが出来ず未練とあきらめの間をゆれています。(※この時点では内大臣は玉鬘が自分の娘である事を知りません)

一方、ライバルの内大臣は玉鬘の評判を聞いて快く思ってはいません。しかし、娘雲居の雁のことは苦慮しながらも今となっては夕霧を許してもよいと思ったりもしますが・・・。(親の仲違いで結婚できずにいる夕霧と雲居の雁)源氏の養女の話に対抗して昔ある女性に生ませた娘(近江君)探し当て引き取っていました。

近江君は早口でおしゃべり娘、”ごりっぱなお父様だこと、あんな方の種なんだのに、ずいぶん小さい家で育ったものだ私は”極めて下層の家で育てられたゆえ、ものの言い方を知らないのである。ある日のこと姫は五節という生意気な若い女房と双六(すごろく)を打っていた。姫君の容貌は、ちょっと人好きのする愛嬌のある顔で髪もきれいであるが、額の狭いのと頓狂(とんきょう)な声とに損なわれている女性である。美人ではないが鏡でみる自身の顔と共通するところがあるのを見て大臣は運に呪われている気がするのです。

何でもない言葉も、ゆっくり落ち着いて言えば、聞き手は奥ゆかしいと聞くであろうし、巧妙でない歌を話に入れて言う時も声づかいを直し初め終わりをよく聞けないほどにして言えば、作の善悪を批判する余裕のないその場では、おもしろいことのようにも受け取られるのである。どうしてこんな欠陥の多い姫を家へ引き取ったのであろう???と嘆く内大臣。そして処遇に苦慮する。

暑い夏の日のこと。源氏は釣殿で涼をとりながら夕霧や内大臣家の若い者たちを相手に、近江の君のことを話題にして皮肉っています。源氏の方は内大臣が夕霧と雲居の雁との結婚を許さないことへの腹いせもあるのです。玉鬘は源氏の口振りから父内大臣と源氏の不和を悟り父との対面がますます困難と自覚しますが・・・・。続きは「篝火」へ
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【ニュース】
昨日の新聞に「あさきゆめみし」の漫画作家の大和和紀さんが「私の好きな近江君」の記事を読み、今の感覚に近い素直さの近江の君をギャルっぽいイメージで描きました。と。なるほど、私がこのブログを立ち上げた時、このような源氏の見方もあるので参考になれば?と我が家のお嫁さんが私の誕生日にプレゼントしてくれた「あさきゆめみし」を改めて読み直しています。

デッサンの素晴らしさ、古典が漫画表現に翻訳された現代風な言葉からでも充分源氏物語の雅の世界が伝わり、私にとりましても貴重な資料であります。庶民の中で育った近江君は無口でいると可愛いのにペラペラと早口で落ち着きなく良くしゃべります。双六に熱中したり、支離滅裂な和歌を作ったり、「便器掃除でも何でもやりま~す」と父、内大臣に言ってしまうような姫、貴族の姫らしからぬ言動は物笑いの種になります。玉鬘とは対照的です。

平安の貴族の生活、華やかで、ずいぶんと微睡っこしい暮らしぶり、つい、つっこみを入れたくなり近江君に代弁させてみたのだそうです。そう言えば現代人が友人知人にメールを書くような、現代の私達の感覚に似たような手紙のやりとりをする現代っ子ぶりが何ともいえず大和さんは微笑ましくお好きなのでしょうね。とてもユニークな解釈でこういう感覚の大和さんって!素敵だと思います。
by hime-teru | 2008-09-05 23:46 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(4)

【源氏物語巻名の花】 巻43 『紅梅』  紅梅・こうばい

      ★… 【源氏物語巻名の花】 巻43 『 紅梅の巻 』  紅梅・こうばい …★     
◆この巻は「匂宮と紅梅大納言家の物語」
紅梅大納言は按察使大納言家、柏木(かしわぎ)の衛門督弟。子供のころから頭角を現わしていて、月日とともに地位や権力もできて世間の信望を集めていました。
「匂宮」から「紅梅」「竹河」の三巻は、それ以降のいわゆる「宇治十帖」に橋渡しをする「つなぎの物語」です。
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第二章 匂宮に和歌を贈る場面
★文中)東のつまに、軒近き紅梅の、いとおもしろく匂ひたるを見たまひて「 御前の花、心ばへありて見ゆめり」兵部卿宮、内裏におはすなり。一枝折りて参れ。
☆意)東の端に軒に近い紅梅が、たいそう美しく咲き匂っているのを御覧になって「お庭先の梅が、風情あるように見える」兵部卿宮は、宮中にいらっしゃるそうだ。一枝折って差し上げよ。
折が折とて堪えることができなかったのか、花を折らせて、急いで参上させなさる。
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★文中) 「心ありて風の匂はす園の梅にまづ 鴬の訪はずやあるべき」 …大納言の詠歌。
☆意)「考えがあって風が匂わす園の梅に さっそく鴬が来ないことがありましょうか」
「梅」は大納言の中の君、「鴬」は匂宮。二人の縁組を望む歌である。
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★文中) 「園に匂へる紅の色に取られて、香なむ、白き梅には劣れるといふめるを、いとかし
こく、とり並べても咲きけるかな」
☆意)「色はむろん紅梅がはなやかでよいが、香は白梅に劣るとされているのだが、これは両方とも備わっているね」 とおっしゃって、お心をとめていらっしゃる花なので効があってご賞美なさる。
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★文中)匂宮の大納言の贈歌への返歌。
「 花の香に誘はれぬべき身なりせば風のたよりを過ぐさましやは
☆意)「花の香に誘われそうな身であったら風の便りをそのまま黙っていましょうか」
★文中)大納言から匂宮への贈歌。
「 本つ香の匂へる君が袖触れば花もえならぬ名をや散らさむ
☆意)「もともとの香りが匂っていらっしゃるあなたが袖を振ると 花も素晴らしい評判を得ることでしょう
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★文中)匂宮の返歌「 花の香を匂はす宿に訪めゆかば色にめづとや人の咎めむ
☆意)「花の香を匂わしていらっしゃる宿に訪ねていったら好色な人だと人が咎めるのではないでしょうか」☆紅梅大納言の名前が巻名になっています。
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★文中)梅の花めでたまふ君なれば、あなたのつまの紅梅、いと盛りに見えしを、ただならで、折りてたてまつれたりしなり。
☆意)梅の花がお好きな方だから、あちらの座敷の前の紅梅が盛りで、あまりきれいだったから折って差し上げたのです。
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★文中)同じ花の名なれど 梅は生ひ出でけむ根こそあはれなれ。この宮などのめでたまふ、さることぞかし
☆意)同じ花だがどんな根があって高い香の花は咲くのかと思うと梅にも敬意を表したくなるからね。梅は匂宮(におうみや)がお好みになる花にできていますね。
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簡単に物語のあらすじ
この巻の中心人物、紅梅大納言(按察大納言)は、故致仕の大臣の次男で柏木の弟です。
・紅梅大納言の邸には三人の美しい姫君がいますが、うち一人は蛍宮の遺児で、宮の御方と呼ばれています。蛍宮の北の方だった真木柱と紅梅は再婚したのでした。実の娘同様に世話をしていますが、控えめな姫は継父の興味の視線を避けたく思い将来にも悲観的です。長女を春宮に入内させた紅梅は、中の君を匂宮にと思って紅梅に歌を添えて匂宮に贈ったりもしますが・・・。匂宮自身の関心は、連れ子の宮の御方にあるのでした。宮の御方自身もわが境遇から考えて、結婚自体をあきらめており匂宮からの熱心な求婚にも応じようとしません。母の真木柱も良縁と思っているが、匂宮の好色の噂(宇治の八宮の姫君(=大君・中の君)にも求愛すると聞き躊躇し不安に思っています。
by hime-teru | 2008-04-15 00:26 | 源氏物語(巻41~巻50) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻31  『槇柱・真木柱(まきばしら)』 槇・まき

                 ★… 【 源氏物語巻名の花 】 巻31  『槇柱・真木柱』  槇・まき  …★
経籍 源氏物語目録 には「槇柱」、篆刻素材 源氏香印でもまきばしらのまきを「槇柱」と漢字で書かれています。
この巻は髭黒大将の長女、真木柱の章です。愛する父が玉蔓に夢中になり、真木柱は家を去るのが悲しく悲しみの歌を残すのでした。
文中) 「今はとて宿かれぬとも馴れきつる槇の柱はわれを忘るな」  槇柱
意)これを限りとこの家を去るけれど慣れ親しんできた真木の柱は私を忘れないで!!と。
柱の隙間に和歌を残すのでした。この和歌を見てさすがに髭黒も涙を流しますが・・・・。
この和歌が姫君の呼称となり巻名になっています。
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◆ 【槇】
ヒノキやスギで造った柱をまけばしら。(純粋な木の意)スギの古名。イヌマキ・ラカンマキ・コウヤマキなどの汎称。又建築材料の最上の木の意で多くはヒノキの美称。マキ科の常緑高木。房総半島以南、四国、九州、沖縄の太平洋側の暖地の山地に自生している。樹皮は灰白色で縦に裂け薄片となり脱落する。葉は線形ないし披針形。先端が鈍くとがり厚質で上面は濃緑色、下面は淡緑色、中央の太い主脈が隆起する。雌雄異株。春に小枝の側方に短柄のある黄白色で円柱形の雄花穂を3~5本ずつ腋生する。雌花は葉腋に単生し緑色の果托が目立つ。種子は球形で熟しても緑色。材は建築、器具、下駄の材料になる。千葉県の県木。生垣に多く用いられている本種より葉が短く密生するラカンマキは本種の園芸品種である。    ↓我が家の槇もラカン槇だと思うが。
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落ちた槇の実↓
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簡単に物語
”まきばしら”が初めて登場した時は、12、13歳の少女だった。父、髭黒の妻(北の方)は、式部卿宮の長女で、紫の上とは異母姉にあたります。美しい人ですが、近年物の怪に煩い(心の病)病み疲れて事件を起こします。夫婦仲は修復不可能になり、髭黒大将が玉鬘を手中にします。愛する父が玉蔓に夢中になり結婚。家庭崩壊を経験した彼女は成人後、蛍宮の正妻となるが悲しいことに、こちらも夫婦仲は睦まじくなかったようです。しかし、蛍宮亡きあとは、紅梅大納言の正妻となり、つらかった少女時代の経験から、自分の子供もよその子供も分け隔てなく愛するやさしい女性に賢婦人になっていきます。
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『 参考 』
紅梅大納言(こうばいだいなごん)は、源氏のライバル、頭中将と正妻の右大臣家の四の君の次男。弘徽殿女御、柏木の弟。才気活発、秀でた才能の持ち主で、特に音楽方面がすぐれ、際立った美声の持ち主で、歌と笛の名手。のちに、藤原家を代表する人物になる。父と同じく名前が激しく変わる。最初は弁少将(べんのしょうしょう)で登場するが、後に按察大納言(あぜちのだいなごん)もしくは、紅梅大納言と呼ばれる。

この結婚(髭黒大将と玉鬘)の前後の情景描写は一切記載がありませんのです。玉鬘が一番嫌がっていた男なのに。「えっ」なんで!どうして!飛躍する経緯や、肝心なシーンの描写がぬけているのです。このようなところが数多あり源氏物語の難解を感じます。私など理解に苦しみます。それから・・・按察大納言のように登場人物名が巻名によっては、呼び方が変わるので同一人物だと理解するのにページを行ったり来たり何回も読み直していますが、未だにかみ合わない人物が出てきて、いつも頭を抱え立ち往生しています( ̄0 ̄;)。
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京都の善峯寺に悠仁(ひさひと)親王様のお印「高野槇」ある日突然脚光を浴びましたね。
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by hime-teru | 2008-01-30 23:49 | 源氏物語(巻31~巻40) | Trackback | Comments(2)

【源氏物語巻名の花】  巻20 『 朝顔の巻 』   朝顔・あさがお

      ★… 【 源氏物語巻名の花 】  巻20 『 朝顔 の巻』  朝顔・あさがお  …★
                      撮影はH19,8月~我が家にて
この巻のヒロイン「朝顔の姫君」は、作中人物(桃園式部卿宮の姫君)の通称です。
光源氏のいとこにあたり、名前は源氏からアサガオの花を添えた和歌を贈られたという「帚木」や「朝顔」の逸話からきており、そこから「朝顔の姫君」「朝顔の斎院」「槿姫君」「槿斎院」などの呼び名がある。
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●なお、朝顔の巻の  【槿】
 のアップ済みも参照下さい。朝顔が、ムクゲ(槿)の古称でもあることから、まれに「槿(あさがお)」と表記されることがあります。「槿・ムクゲ]をアップしています。
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朝顔・あさがお
万葉時代に「朝顔」と呼ばれていたのは桔梗のことです。秋の七草に含まれているのもそのためのようです。現在の「朝顔」は平安時代に中国から輸入され今も根付いているのだそうです。ちなみに桔梗だけではなくムクゲの花も「槿」と書き「あさがお」と呼ばれていたようです。
朝顔の斎院」の場合、歌に朝顔が歌われ、平安時代に中国から輸入された事でもあり、現代の朝顔ではないかと思います。
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【簡単に物語】 …あらすじ
この巻は”朝顔姫君”の物語です。
斎院を退いた朝顔の姫君に光源氏は長年の恋心を訴えますが、慎み深い姫君は聞き入れません。源氏が若い頃から熱をあげていた女君の一人で、高貴な生まれゆえ正妻候補に幾度か名前が挙がり正妻格の紫の上の立場を脅かします。
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桃園式部卿宮の娘「朝顔の姫君」にかねてから思いをよせていた源氏は、再び彼女への慕情が燃え上がり、女五の宮の見舞いにかこつけて、桃園通いがはじまります。生来の癖とは言え藤壷を失った空虚な心がそうさせているのかも知れません。源氏びいきの女五の宮は源氏と朝顔の結婚を望んでいます。
姫君も源氏に好意を寄せているが、源氏の恋愛遍歴と彼と付き合った女君たち、特に六条御息所との実らぬ恋のやるせなさを見ているので妻になろうとまでは思わず、自分は源氏とはかかわりを持つまいと心に決め、源氏の愛を拒み続けます。
源氏とは終始プラトニックな関係を通すのです。朱雀帝時代に斎院を長く続けたたため婚期を逃し、そのまま独身を貫き通して出家、物語の表舞台から消えるヒロインです。
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朝顔の姫君は以前にも増してつつしみ深く、源氏はいたずらに思いをつのらせるのですが、姫君は、いまさら源氏の愛を受け入れる気等ありません。それは皇女としての誇りがあり、高貴な身の上ゆえに源氏に惹かれつつも終生源氏の求愛を拒み通すのです。(今も昔も、このような慎み深い女性は、男性から見れば魅力的なのかもしれません)
一方、紫の上は身分としては同じ皇族出なのですが、世間の名声は朝顔の姫にくらぶべくもないので源氏の愛だけが頼り、悩みと不安は次第に深まり物思いの日々が続きます。
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★※原文)枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、匂ひもことに変はれるを、折らせたまひて たてまつれたまふ。
※意)枯れたいくつもの花の中に、朝顔があちこちにはいまつわって、あるかなきかに花をつけて、色艶も格別に変わっているのを、折らせなさって斎院へ贈りになる。
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★※原文) 見し折のつゆ忘られぬ朝顔の 花の盛りは過ぎやしぬらむ。 …… 源氏
※意 昔拝見したあなたがどうしても忘れられません。その朝顔の花は盛りを過ぎてしまったのでしょうか  
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☆※原文) 秋果てて霧の籬にむすぼほれ あるかなきかに移る朝顔。…… 朝顔の姫君
※意)秋は終わって霧の立ち込める垣根にしぼんで今にも枯れそうな朝顔の花のような、もの哀れな気持ちになっております私ですと姫君。
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源氏を拒みつづける朝顔の姫君の存在には、どこか藤壷の影が感じられます。朝顔の姫君のことばかりに気を取られていて・・・思い通りにゆかない(失恋)。夢に亡き藤壺中宮が現れ、その救われぬ苦しみに衝撃を受けた源氏は手厚く祈願する。源氏は亡き藤壷への追慕の情が心をゆるがせながら最後には紫の上を藤壷の面影を宿した理想の女として認識させられるのです。
by hime-teru | 2007-09-06 22:22 | 源氏物語(巻11~巻20) | Trackback | Comments(3)