真如堂-(2)

      ★…【真如堂】-(2)… 錦に燃える紅葉圧巻 …★
                            2016.11.22
年によって様々だが、境内の紅葉のピークは11月下旬を過ぎた頃、本堂の裏は12月上旬頃まで楽しめるようですが・・、訪れたときは、まさに、一番美しい時でした。華やぎのモミジの饗宴をご覧下さいまし。
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見事ですね。
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何処を見ても・・・綺麗圧巻
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可愛い
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# by hime-teru | 2016-12-03 10:00 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

金戒光明寺

                                 ★…【金戒光明寺】…★
                                 2016.11.22
【金戒光明寺】
紫雲山・くろ谷さんと呼ばれています。宗旨/浄土宗 金戒光明寺の文殊菩薩と脇侍の尊像は、運慶作と伝えられています。
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浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院 のはじまり。 西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。
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また、幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった。
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【山門】
万延元年(一八六〇年)の完成。 桜上正面に後小松天皇宸翰「浄土真宗最初門」の勅額がある。
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◎法然上人がはじめて草庵を営まれた地である。
十五歳で比叡山に登られた上人が承安5年(1175年)四十三歳の時お念仏の教えを広めるために、山頂の石の上でお念仏をされた時、 紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らしたことから この地に草庵をむすばれた。これが浄土宗最初の寺院となった。
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紫雲の庭、ご縁の庭、方丈北庭、三重の塔
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………………………………………………………………………………………………
『新選組発祥の地』
幕末の京都は暗殺や強奪が日常化し、手のつけようのない状態になっていた。文久二年(1862)
に徳川幕府はついに新しい職制を作り京都の治安維持に当たらせることになった。これが京都守護職である。

約四万坪の大きな寺域により一千名の軍隊が駐屯できたもよう。
戦国時代の本陣は野戦とは違い野宿ではなくきちんとした宿舎が必要であった。

この黒谷には大小五十二の宿坊があり駐屯の為に大方丈及び宿坊二十五ヶ寺を寄宿のため明け渡したという文書が残されている。
新選組と會津藩の関係は、幕府が文久二年将軍上洛警備のため浪士組を結成したことに始まる。
# by hime-teru | 2016-12-02 10:00 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

京都御所と平安神宮

    ★…【京都御所と平安神宮】…★
                         2016.11.22
『おまけ』

【京都御所の通年公開】
2016年7月から京都御所が一年中、一般に公開されることになりました。
何度も訪れている所ですが、帰宅時間に少し余裕が出来て、少しだけ寄ってみることに致しました。
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土日祝日も参観可能になった御所の見学は西側の清所門から入場し、南側の建礼門のそばを通り、庭園を抜けて退場するコースです。
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平安京の内裏を再現した建物、正殿の紫宸殿、清涼殿、小御所、御学問所などが建ち並んでます。
しかしながら、一般公開は内部の貴重な屏風や襖絵などは閉ざされたまま、残念で御座いました。
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「清涼殿」
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小池庭・・中央に池を配した回遊式庭園(紅葉が色づいておりました)
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   丸い「欅橋」
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御座所・・(様々な儀式がここで行われ、武家との対面も行われました。寝殿造りと書院造りの両要素が混合した様式の建物)
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【平安神宮】
タクシーで降りたのですが、あまりにも広いため、見学は通過です。(内縁の紅葉は綺麗だったかも知れませんね)疲れと時間に追われて・・・、次回のお楽しみに致しました。
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が・・先2010年にアップの一般公開時の御所、下記をクリックしてご覧下さいませ。

★2010の御所の秋の光景です。
【京都御所-1】
【京都御所-2】
【京都御所-3】
【京都御所-4】
# by hime-teru | 2016-12-01 12:00 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

姫路城

                              ★… 【姫路城】 …★
                                 2016.11.20 
【秋の姫路城】
国宝姫路城は平成5年12月、奈良の法隆寺とともに、日本で初の世界文化遺産となりました。
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シラサギが羽を広げたような優美な姿から「白鷺城」の愛称で親しまれる姫路城。白漆喰総塗籠造りの鮮やかな白の城壁や5層7階の大天守と東、西、乾の小天守が渡櫓で連結された連立式天守が特徴です。
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姫路城が世界遺産に登録されたのは、その美的完成度が我が国の木造建築の最高の位置にあり、世界的にも他に類のない優れたものであること。又、17世紀初頭の城郭建築の最盛期に、天守群を中心に、櫓、門、土塀等の建造物や石垣、堀などの土木建築物が良好に保存され、防御に工夫した日本独自の城郭の構造を最もよく示した城であること等が評価されたためです
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姫路城は平成27年3月27日にグランドオープンを迎えました。
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◎大天守-天守台の東南隅に位置し、外観5重・内部は地下1階・地上6階の造りになってiいる。
最上階の大棟両端には阿吽(あうん)一対の大鯱瓦(しゃちがわら)を飾っています。外観は千鳥破風(ちどりはふ)・大千鳥破風・唐破風(からはふ)を組み合わせ、調和のとれた非常に美しいものになっています。
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姫路城の大天守は、慶長14(1609)年に建築。400年以上その美しい姿を残しています。
姫山の地に初めて砦が築かれたのは1333年、赤松氏の時代といわれています。以来、13氏・48代が城主を務め、戦塵にまみれることなく今日にいたっています。
◆まだ、工事中の所もありました。
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赤松氏の後、羽柴秀吉、池田輝政、本多忠政が城に夢を託して拡張、全容が整ったのは戦乱の世が落着いた1617年のことです。
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地名としての「姫路」という呼び方は、江戸時代初期、池田輝政が姫路城を築き、城下町を整備した当時の文献に見られます。
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姫路城生まれの黒田官兵衛にまつわる石垣
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◎西の丸長局(百間廊下)千姫に仕えた侍女たちが居たところで、千姫は毎朝この廊下から男山を拝んでいたと伝えられています。
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●前ページにて、春の姫路城(2007年)修復前の姫路城もアップです。見比べて見て下さいまし
# by hime-teru | 2016-11-30 20:00 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

春の姫路城(修復前)

                                ★… 【 姫路城 】桜の姫路城 …★
                                 2016.11.20 撮影は2007年春、修復前の姫路城です。 
平成の大天守保存修理工事は平成21年から終了は27年でしたが、まだ、テントで覆われた所も御座いました。私が参りましたのは平成19年、2007年、修復前の姫路城の容姿でしたが、桜に映えて美しいお城で御座いました。
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◎菱の門-櫓門と呼ばれる型式の二の丸の入口を固めた門
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姫路駅前から
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桜、満開の時でしたが・・ゆったりとお城見学が出来ました。
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美しい姫路城の容姿です。桜が映えます
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城内の桜(備前門)太鼓櫓周辺の石垣
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【天守閣から】
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【天守閣】
昨年に秋の見学では、外国の観光客が大勢訪れ、入場まで2時間、天守閣までまた、1時間、時間が許さず断念致しました。この写真は修復前に撮影出来たものです。
【天守閣】
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# by hime-teru | 2016-11-30 10:16 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

姫路、好古園

                                  ★…【 好古園 】…★
                                  2016.11.20
姫路城大天守閣混雑のため、姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」を訪ねました。
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「好古園」は市制百周年を記念して建造された約1万坪の日本庭園で文化財の保全と活用を兼ねた新しい文化の場として平成4年4月29日に開園しました。
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庭園の計画は、京都大学教授中村一氏の設計監修、確認された屋敷割や通路の地割を活かした9つの大小庭園群及びアプローチ樹林帯・広場で構成しています。
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庭園内には、築地塀・屋敷門・長屋門や渡り廊下で結んだ「活水軒」「潮音斎」、茶室「双樹庵」を配す。池泉回遊式庭園ですが、最大の特徴は世界遺産・国宝姫路城を借景としていることです。
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「好古園」の愛称は、藩校「好古堂」に因んで命名されました。
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江戸時代最後の姫路藩主であった酒井家、前任地上野国厩橋(群馬県前橋市)において元禄5年(1692)に藩校「好古堂」を開校しました。寛延2年(1749)酒井忠恭が姫路藩へ移封されたとき、藩校も姫路城内大名町東南総社門内の元藩会所跡に移設されました。
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その後、好古堂は桜町大手門前南側を経て、天保13年(1842)に酒井忠学は、「好古堂」を大手門西側(現在の好古園入ロ付近)に移転拡張しました。このとき、寄宿舎を私学校「仁寿山饗」から移築し演武場などを新築し藩校の規模を拡充して文武の基礎を固め両道の振興を図りました。
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美しいお庭でした
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# by hime-teru | 2016-11-30 08:44 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

金福寺

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                                    2016.11.21
【金福寺】
金福寺(こんぷくじ)は、京都市左京区一乗寺にある臨済宗南禅寺派の寺である。山号は佛日山。本尊は聖観音菩薩。
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詩仙堂の少し南にあるこの寺には与謝蕪村の墓所があり、松尾芭蕉が滞在したとされ、芭蕉を敬慕する与謝蕪村とその一門によって再興された芭蕉庵がある。また舟橋聖一著の『花の生涯』のヒロインである村山たか(村山たか女)ゆかりの寺として知られる。
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【お庭】
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「芭蕉庵」
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庭園の東側に立つ茅葺き屋根の庵で、内部は千利休が造った待庵に似た三畳台目の茶室となっている
元禄時代に鐡舟和尚と親交の深かった松尾芭蕉が京都を旅行した際に滞在したことで知られ、周辺の住民によって芭蕉庵と呼ばれるようになったが、後に形がないほど荒廃したために、芭蕉を敬慕する与謝蕪村とその一門によって、1776年(安永5年)再興された。
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裏山に登ると京都市内が一望
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高台には与謝蕪村とその一門の墓と歌碑
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# by hime-teru | 2016-11-30 07:00 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

詩仙堂

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                                  2016.11.21
【詩仙堂】
京都市左京区にある江戸時代初期の文人石川丈山の山荘跡。国の史跡に指定されている。
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詩仙堂は徳川家の家臣であった石川丈山が隠居のため造営した山荘である。名前の由来は、中国の詩家36人の肖像を掲げた詩仙の間による。
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詩仙は日本の三十六歌仙にならい林羅山の意見をもとめながら漢晋唐宋の各時代から選ばれた。肖像は狩野探幽によって描かれ詩仙の間の四方の壁に掲げられている。
四季折々、実りの秋の風情
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詩仙堂は正確には凹凸? (おうとつか) という。凹凸?とはでこぼこの土地に建てられた住居の意味であり、建物や庭園は山の斜面に沿って作られている。 丈山は詩仙の間を含め建物や庭の10個の要素を凹凸?十境と見立てた。
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秋の晴れ舞台(七色の妖精達)
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丈山は漢詩をつくるだけでなく庭づくりの名手としても有名。丈山の手がけた庭園は京都市内にも数ヵ所あり詩仙堂の庭も丈山自ら手がけた庭園です。庭園には四季折々の花々や木が植えられ、季節ごとに異なる表情を楽しむことができます。
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■玄関上は3階建の「嘯月楼」
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真っ赤なモミジ
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■「ししおどし」発祥の地
当時、詩仙堂が建てられた場所は山のふもとにあり、夜中に頻繁に出没するイノシシや鹿を追い払うために「ししおどし」が考案されました。イノシシたちはその音に驚き、畑を荒らさなくなったのだとか。また、静寂の中でコーンと竹が石を打ちつける響きは、隠居生活を送る丈山の慰めとなったといわれており、彼がつくる庭には「ししおどし」が設置されるようになりました。それがいつしか全国に広まったといわれています。
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出口の石垣
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# by hime-teru | 2016-11-29 22:16 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

曼殊院

                              ★…【曼殊院】…★
                               2016.11.21
【曼殊院】
京都市左京区一乗寺にある天台宗の仏教寺院である。山号はなし。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は是算(ぜさん)である。竹内門跡とも呼ばれる門跡寺院(皇族・貴族の子弟が代々住持となる別格寺院のこと)であり、青蓮院、三千院(梶井門跡)、妙法院、毘沙門堂門跡と並び、天台五門跡の1つに数えられる。国宝の黄不動画像や曼殊院本古今和歌集をはじめ多くの文化財を有する。
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境内は比叡山西麓に位置する。入口である勅使門の左右の塀は5本の水平の筋が入った築地塀で、門跡寺院としての格式の高さを表している。
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主要な建物としては玄関、大書院、小書院、庫裏、護摩堂などがある。中心になる仏堂はなく、本尊は大書院の仏間に安置されている。枯山水庭園は小堀遠州の作といわれる。
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曼殊院は平安時代以来、近世末期に至るまで北野神社(現・北野天満宮)と関係が深く、歴代の曼殊院門主は北野神社の別当(責任者)を兼ねていた。
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曼殊院を東山山麓の現在地に移し、寺観を整えたのは29世門主の良尚法親王であった。
良尚法親王は桂離宮を造営したことで名高い八条宮智仁親王の第二皇子であり、後水尾天皇の猶子であった。
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良尚法親王は天台座主(天台宗最高の地位)を務めた仏教者であると共に茶道、華道、香道、和歌、書道、造園などに通じた教養人であり、当代文化に与えた影響は大きかった。
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文化財は法親王の趣味と教養の広さを示している。
# by hime-teru | 2016-11-28 22:29 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)

圓光寺

★…【 圓光寺 】…★
2016.11.21
京都の秋はどこも観光客であふれます。昨今は特に海外からの観光客で有名なお寺さんは身動きが出来ない程混み合っています。混雑を避けて今年は宿の近間を散策してきました。
【圓光寺】
渦を巻き、様々な流れを見せる白砂を雲海に見立て天空を自在に奔るを石組で表した「平成の枯山水」奔龍庭
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白砂の上にモミジが一幅の絵を作っています
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開山 三要元佶(閑室)禅師  開基 徳川家康公、1601(慶長6)年、徳川家康公が文治政策として閑室元佶(カンシツゲンキツ)師を招いて伏見に学問所を開いたのに始まり、圓光寺版と呼ぶ図書も出版、当時の木活字(重文)が現存する。1667年(寛文7)現在地に移転。庭園は新緑や紅葉時に美観を呈し、本堂前には水琴窟が設置され、妙音を聞ける。
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境内山上からは眼下に燃え立つ紅葉、遠くには北山や嵐山の眺望も楽しめる。
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慶長6年徳川家康は国内教学の発展を図るため、下野足利学校第九代学頭・三要元佶禅師を招き、伏見に圓光寺を建立し学校とした。圓光寺学校が開かれると僧俗を問わず入学を許した。
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苔むした木々にモミジがひらり・・・。
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庭園は、山門を入ると枯山水「奔龍庭」が眼前に広がり、更に中門を抜けると苔と紅葉で有名「十牛之庭」がある。水琴窟、栖龍池とともに洛北の静寂さをかもしだしている。
「十牛之庭」池泉回遊式庭園。周囲の山々を取り込んだ大らかな作りは「尼寺」として長い歴史の家風そのものです。
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素晴らしい屏風絵
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裏山には当山開基の徳川家康公を祀った東照宮や、墓地内には村山たか女(花の生涯のヒロイン)の墓がある。
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日本最古の木活字 (重要文化財)あります。
自己と向き合う、圓光寺の禅-明治以降、日本で唯一の尼僧専門道場だった圓光寺の禅堂。近年まで実際に尼僧達が集団で修行にあけくれた処で坐ります。
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「座禅」
身を整え(調身)、呼吸を整え(調息)、心を整え(調心)、無になり切っていく。
本当の自分を探す旅の第一歩でもあります。
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# by hime-teru | 2016-11-28 10:16 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)