カテゴリ:徒然散策(関東編)( 77 )

両国散策

                                ★…【 両国散策 】…★
                                 2017.1.11

暮れの大掃除で珍しく自分のお部屋の網戸の張り替えを試みた夫、どんな姿勢で作業をしたのでしょうか?腰を痛めて、急遽、休日当番医の整形外科にお世話になりました。結果、骨には異常なしと出ましたが、痛みは止まらず・・・無理が利かない歳になってしまった事を否応なしに証明された暮れで御座いました。
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                ↑ 高い櫓と幟旗↑

寝込むことはありませんでしたが、暮れの大掃除は中止(^_^)、通院は暫く続き、よって毎年出掛けている「七福神めぐり」も中止。気分転換に「鏡開き」の11日、お汁粉を食べにふらりと両国まで出掛けて見ました。国技館の中の繭玉見学でもと出掛けたのですが・・・大相撲初場所の開催中、人気がありすぎて当日入場券はすでに売り切れ。残念。改札のかかりの方に伺ったら、外国からの観光客が朝の5時過ぎから並んで席が埋まるのだそうです。5月場所には早めに券を買って・・・!
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せめて・・国技館周辺の写真ですが・・・?
国技館前は関取の入場を待ち構えて人だかり、幕内力士はたぶん2時頃到着と思われますが・・・?
若いイケメンの新人さんが忙しく行き来していました。興行の期間しか見られない鮮やかなのぼり旗です、櫓が晴天の空を仰いでいました。
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◆大幟旗と櫓太鼓・・・場所があるときのみ旗がたなびきます。
◆櫓太鼓・・・*一番太鼓(相撲興行を知らせる為、朝の8時から櫓の上で打たれる太鼓)
       *はね太鼓(結びの一番が終わると、今日の相撲は終わりです。明日又来てねテケテ         ケテン)ただし、千秋楽は打たれません。
 【速報】 
稀勢の里、悲願の初賜杯です。優勝ゼロの力士で大相撲史上初めて年間最多勝を獲得し、幕内通算664勝は幕内最高優勝未経験の力士です。三度の綱取り挑戦、努力が報われました。”バンザ~イ”相撲ファンの夫、大喜びです。明るいニュースをありがとう♪
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【江戸博物館】
腰痛の夫を気遣い隣の江戸博物館に入る。7Fのレストランで国技館の屋根を見ながら東京の光景を眺めて目的のお汁粉?(白玉ぜんざい)を頂きました。江戸博物館も観光客で一杯でした。数校の小学生が社会科見学に来ていました子供達に癒やされて帰宅。穏やかな1日でした。
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【江戸の文化】歌舞伎
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江戸の町
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「版画&浮世絵」
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[有名な、安藤広重の版画]
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【近隣散策】
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by hime-teru | 2017-01-15 16:42 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【県民の日】宝登山ハイキング

                        ★…【県民の日】宝登山ハイキング…★
                            2016.11.14
毎年県民の日に4人の仲良しグループで秩父のハイキングを致します。もう何年になりましょうか?続いています。今年は少し手前の宝登山に行ってきました。例年より早めの紅葉、狂い咲きのツツジが鮮やかに迎えてくれました。
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標高497メートルの宝登山(ほどさん)ロウバイやシャクナゲ、ツツジが春を彩りますが、秋は紅葉、寒桜が奥ゆかしく、ツツジの狂い咲きは花の異常気象?…花の“狂い咲き”という現象は昔からあったようです。通常は春に咲く花が初冬のころに花を着けることを言い、“二度咲き”とも言う。二度咲きのツツジも楽しめました。
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眼下に広がる秩父の町並みや、秩父のシンボル「武甲山」、鋸状の山容をした「両神山」など眺望抜群です。
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日本には、サクラの品種は多い。近年の地球温暖化とは関係なしに、異常気象とは関係なしに祖先は変わった新しい品種を育ててきました。その中でも、十月桜は八重で白から薄ピンクまたはやや濃いピンクの花が10月頃から咲き始める。冬桜は秋から春にかけて咲く一重で白色または薄いピンクの花である。
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ハイキング道も秋色でした
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【宝登山神社】
『御祭神』神日本磐余彦尊、大山祇神、火産霊神で、宝登山神社は、埼玉県秩父郡長瀞町の宝登山山麓にある神社。旧社格は県社で現在は神社本庁の別表神社です。
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秩父には秩父神社・三峯神社とともに秩父三社の一社。宝登山山頂には奥宮が鎮座する。西暦110年、今からおよそ1900年前、第12代景行天皇の御代とつたえられています。
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現在の御社殿は、江戸時代末から明治初頭に造り替えられた本殿、幣殿、拝殿より成る権現造り(ごんげんづくり)です。欄間には、「二十四孝」を始め多くの彫刻が施されています。
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境内の紅葉です。今年は1週間ほど早く紅葉は見頃でした。
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by hime-teru | 2016-11-15 00:17 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【江戸城、歴史散策】 梅雨時の江戸城

                    ★… 【江戸城、歴史散策】 梅雨時の江戸城 …★
                         2016、06/21 歴史ウォーキング
高校の友人に誘われて江戸城の歴史散策?に参加しました。あいにくの雨になりましたが、江戸城の緑はしっとりと美しかったです。雨の皇居外苑は滅多に訪ねることはありませんが、晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。梅雨にしか味わえない風情を、雨の出会いで楽しんで来ました。
梅雨の季節、雨のベールに包まれる景色の美しさを再確認。草木をうるおすよい雨のことを「甘雨」(かんう)という。草木は生き生きと、つまり、6月の雨は、花になるのです。

【東京駅から出発】
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【楠公の広場で防災訓練】
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【二重橋】
石橋を渡ってから皇居宮殿に入る橋です。橋の位置が高かったので、江戸時代は下に土台の丸太を組み、その上に橋を重ねて架けました。このことから二重橋の名が起こりました。明治21年(1888)に鉄橋に変えられ、昭和39年(1964)改架され、現在に至っています。別名として、「二の橋」・「月見橋」があります。観光客で賑わっています。
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【桔梗門】お堀越しに・・・。
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【富士見櫓】
本丸南端に位置する三重の櫓です。櫓の高さは約16メートルあります。どこからみても同じような形に見えることから「八方正面の櫓」とも呼ばれています。明暦3年(1657)の大火で天守閣が焼失した後は、その代わりとされたと伝えられる重要な建物です。櫓の上からは富士山はもとより、秩父連山や筑波山、東京湾などを臨むことができました。
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太田道灌の歌に「わが庵は松原つづき海近く富士の高嶺を軒端にぞ見る」と詠まれていますが、その【大番所・中之門跡】
中之門石垣は江戸城の中でも最大級の巨石(35t前後)が使用され、目地がほとんど無い、整層・布積みの石垣です。「番所」とは、警備の詰所のことす。現在、百人番所、同心番所とこの大番所の三つが残っています。歌を詠んだ場所がこのあたりではないかといわれています。
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【中雀門】(本丸正門)
本丸御殿に通じる最後の門があった所。徳川御三家の将軍様と言えども、乗り物を降りて徒歩で本丸御殿に向かわれた門ですが本丸までは坂道でも有り長い距離、さぞかし心細いお気持ちで本丸御殿迄歩かれたのではないかと想像します。この門は、文久3年(1863)の火災で本丸御殿が焼けた時に類焼し、石垣の表面は、熱によりボロボロになっています。
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【石室】
富士見多聞北側の蓮池濠沿いにある石作りの蔵です。江戸城の遺構の中では比較的小さい。表の石組には焼けたような痕があり、多少ずれています。 入り口には扉を取り付けた穴があり、内部は20平方メートルほどの広さとなっています。伊豆半島産の安山岩(伊豆石)の切石で、隙間もないほどキッチリと壁が造られています。江戸城の抜け穴や御金蔵との説もありますが、場所柄から、火災などの際に貴重品などを避難させた蔵と考えられます。
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【雨の下で】花の少ない季節でしたが?
紫陽花の花の色「紫陽花や 帷子時(かたびらとき)の 薄浅黄(うすあさぎ)・・・松尾芭蕉
は人の心を癒すかのようなパステルカラー。この美しさが多くの人を惹きつけます。
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【珍しい竹】
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【江戸城本丸跡】
広々とした芝生が広がっています。本丸御殿は、表・中奥・大奥の三つからなっていました。表御殿は、諸役人の執務や将軍の謁見の場など公的な建物で、最も格式の高い「大広間」は正月などに諸大名が参集する場所でした。本丸跡は気象台発祥の地でもあり明治期から昭和30年代まで気象庁の官舎もありました。明治4年(1871)正確な時間を知らせるために、ここに午砲台(ドン)が設置され、昭和4年(1929)に廃止されるまで、「ドン」の愛称で東京府民に親しまれていました。
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【大奥】・・・広い芝生の場所
江戸城本丸は表、中奥、大奥の三つに大別されます。政務を執る公の場が表といいます。将軍の私的な居住空間を中奥といい、ここでは、小姓など男性だけが将軍に奉仕しました。大奥は将軍の正室(御台所)が住み、多くの女官が住み働く場でした。
中奥と大奥は御鈴廊下で結ばれていました。大奥は現在の天守台から南に広がっており、壮大な空間には総勢約3000人もの女性が住んでいました。 

【松の廊下跡】
本丸跡左手の現在は木立となっているところに、本丸大広間と白書院(将軍との対面所)を結ぶL字形の廊下がありました。これが「松の廊下」です。ここが「忠臣蔵」で有名な元禄14年(1701)3月14日、赤穂藩主の浅野匠頭長矩が高家衆筆頭の吉良上野介義央に斬りかかる刃傷事件が起きた場所です。
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【大番所・中之門跡】
中之門石垣は江戸城の中でも最大級の巨石(35t前後)が使用され、目地がほとんど無い、整層・布積みの石垣です。「番所」とは、警備の詰所のことす。現在、百人番所、同心番所とこの大番所の三つが残っています。
【天守台】
江戸城本丸の一番北側に位置しています。江戸城の天守は、慶長11年(1606)の家康、元和8年(1622)の秀忠、寛永15年(1638)の家光と将軍の代替わりごとに築き直され、将軍の権力の象徴であったともいえます。寛永の天守は、寛永15年(1638)、3代将軍家光のとき、元和の天守台(現存の天守台)に建てたもので、「江戸図屏風」によると金の鯱をのせた五層の天守閣でした。
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しかし、江戸城の天守閣は、江戸初期の50年間だけ存在したのでした。明暦3年(1657)の火災で焼け落ち、翌年に加賀藩前田家の普請により高さ18mの花崗岩でできた天守台が築かれます。
これが現在残る天守台ですが、四代将軍綱吉の叔父である保科正之の戦国の世の象徴である天守閣は時代遅れであり、城下の復興を優先すべきであるとの提言により、以後天守閣は再建されることはありませんでした。現在、東西約41m、南北約45m、高さ11mの石積みが残っています。
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【桃華楽堂 】
桃華楽堂1966年(昭和41年)2月に建てられる。香淳皇后の還暦を記念して建てられた音楽堂。名称は香淳皇后のお印「桃」や画号「桃苑」にちなむ。
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田安門 【国指定重要文化財】
大田道灌時代、江戸城の合戦場はこのあたりであったといわれています。田安門は、寛永13年(1636)に建てられたと考えられ、昭和38年には解体修理が行われ、北面する高麗門とその西側に直交する渡櫓門からなる枡形門です。高麗門の扉の釣金具に製作に携わったと考えられる職人の名文があります
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田安門の辺りは古くは「田安口」または「飯田口」ともいい上州方面への道が通じていたといわれています。門の由来は、門内には田安台といって、百姓地で田安大明神があったので門名に称としたといわれています。

【北の丸公園】
江戸城造営後は北丸と称し、代官屋敷や大奥に仕えた女性の隠遁所となりました。
有名な千姫や春日局、家康の側室で水戸頼房の准母英勝院の屋敷などもこの内にありました。
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享保15年(1730)八代将軍吉宗の第二子宗武が一家を創立して田安家を興しました。
宗武は、賀茂真淵に師事し国学の造形には深く、宗武の子松平定信(白河楽翁)はここで生まれました。現在田安門がある北の丸公園には、田安門から南北をつらぬくように西側一帯を田安家、東側一帯を清水家が所有していました。

【富士見多聞】
蓮池濠から富士見多門までの石垣は、高さが約20メートルにもなる長大な石垣で、東・南・西の三面いずれも激しく屈折しています。石垣下と石垣塁壁に取り着いた敵を攻撃する際、死角をなくすための工夫だといわれています。多聞とは、防御と装飾とを兼ねた長屋作りの武器庫で、本丸には十五棟の多聞が有りましたが、現在残っているのは、この富士見多聞だけです。中には鉄砲や弓矢が納められていました。
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by hime-teru | 2016-07-29 23:55 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【筑波実験植物園】 クレマチス

                         ★…【筑波実験植物園】 クレマチス…★
                             2016.05.01
近くて遠い筑波、弟の孫が生まれて2年ぶりになりましょうか?顔を見がてら泊まりに行ってきました。弟、姪っ子夫妻、総勢全員集合で迎えてくれました。赤ちゃんは健やかに育って可愛らしく嬉しい再会でした。姪ッ子の新居に立ち寄り、筑波学園都市「筑波実験植物園」に行ってみました。

「国立科学博物館 筑波実験植物園」は広大な研究施設の建ち並ぶ一角にあります。
植物園は1976年に設置され、1983年に開園しました。筑波山の南に広がる筑波学園都市の中に存在する植物園は、植物の研究を推進するために設置された植物園です。植物の多様性を知り守り伝える事を使命に、研究、保全、展示、学習支援、活動をしています。
自然の景観と植物多様性を凝縮した約14 万㎡の園内の実験植物園で見ることができる植物は、なんと約3,000種類日本の代表的な植物だけでなく、世界の様々な環境に生育する植物に会えるところです。生きた多様な植物を収集・保全し、絶滅危惧種を中心とした植物多様性保全研究を推進しています。
とても広くて周りきれませんでした。撮影もほんの一部ですが、いつかはお弁当持参で1日ゆっくり訪ねたい所です。

早咲きのカザグルマは開花していました。パテンス系、モンタナ系、クレマチス園が公開していました。
クレマチス
(キンポウゲ科センニンソウ属)には、約300の野生種と数千にもおよぶ園芸品種が存在し、その花は、色や形が変化に富み、さらに香りのする種類もあり、 非常に多様化しています。
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日本のカザグルマは、産地によって花の色や形に変化があり、種内でも多様性が見られるクレマチスです。
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ヨーロッパに渡り多くの大輪系品種の交配親となりましたが、現在その自生地は減少し、絶滅の危機に瀕しています。
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【園内】
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【水生植物区】
区画を「山間の沢沿い」「山間の湿地」「水田・ため池」「低地の湿地」「高山帯の湿原」に分け、各環境に適応した水生植物が植栽されています。
ミツガシワ(ミツガシワ科)冷温帯の湿地に生育(5月)咲き始めると見事でしょうね。
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【温室】
カカオ
木の幹に付いたつぼみが次々開いています。実はチョコレートの原料になります 
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とうわたの新種のようですが・・・可愛らしい花です。
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アロエの花??かな。
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ヘリコニア類
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着生植物
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by hime-teru | 2016-05-11 23:04 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【小石川後楽園】

                             ★…【小石川後楽園】梅祭り…★
                               2016.02.16
水戸黄門でおなじみの徳川光圀公ゆかりの小石川後楽園には、約90本の紅梅・白梅の梅林があります。らん展に行く前に梅の香を訪ねました。
後楽園は江戸初期、水戸徳川家の祖である頼房が中屋敷として造り、後、二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。光圀は号を「梅里」と称する程、梅を好みました。
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入り口に・・・雪つり?それとも福寿草のイメージでしょうか?
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5分咲きでしょうか?
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青空の下で
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紅梅
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白梅
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ほのかな香り
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月が・・・?
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穏やかな日和でした。
by hime-teru | 2016-02-19 00:39 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【迎賓館】

                           ★…【迎賓館】…★
                           2016.02.16
一般公開をしている迎賓館を訪ねました。
【迎賓館赤坂離宮本館】
日本で唯一のネオ・バロック様式の西洋建築物である「迎賓館赤坂離宮本館」は、明治42年に東宮御所として建設され、戦後、我が国の国際社会への復帰に伴い、海外からの賓客をお迎えし、接遇することを目的として改修を行い、昭和49年に国の迎賓施設として生まれ変わり、平成26年で設立40周年となります。
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迎賓館は、明治42年(1909)、かつて紀州徳川家の中屋敷があった広大な敷地の一部に、皇太子(後の大正天皇)の住まいの東宮御所として内匠寮技師の片山東熊の総指揮のもと、地上2階、地下1階の耐震・耐火構造で建てられました。
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昭和49年昭和の大改修 平成18年から3年間(平成の大改修)平成21年迎賓施設としての運用を再開し、同年12月8日国の重要文化財に指定され、更に同日、国宝に指定された。旧東宮御所(赤坂離宮)が創建されて百周年の出来事でした。、
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宮内庁宮内公文書館にのこる建設時の資料から、菊の御紋章を掲げた正面扉 と、両脇の小扉までの部分は、明治39年8月にパリのシュワルツ・ミューラー(Schwartz & Meurer)社から、購入したことが判ったようです。
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見学は、セキュリティーチェックをしてからの入場です。飲み物(ペットとボトル)は一口飲んで確認されました。
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【迎賓館本館】
外壁には真壁花崗岩などが用いられています。
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【中央玄関扉】
車寄せの玄関ドアのゴージャスな模様の中央には、桐のご紋(五七の桐は政府の所有という意味)菊のご紋も見えます。
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さらに近寄ってみますとガラス越しに(赤い絨毯が見えました)
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◆中央には車寄せ、屋根飾りには対の甲冑、さらに天球儀と霊鳥が確認できます。
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【天球儀と霊鳥の屋根飾り】……天球儀を守っているようです。そして各所に「五七の桐の紋」
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※桐は鳳凰の止まる木として神聖視されており、日本でも嵯峨天皇の頃から天皇の衣類の刺繍や染め抜きに用いられてきた。
◆屋根飾りの甲冑像(兜と鎧)も左右に1基づつ配置、阿吽の形
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(富国強兵に突き進んでいた時代を象徴し、天皇を『武勲の者』という印象を表現するために、正面玄関の屋根飾りに鎧武者の意匠があるのだそうです。
【東口玄関】
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中庭のもう一つの門柱もゴ-ジャスです
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◆。【前庭】松の木々の間から、噴水が見えるのが、松と噴水が和洋折衷?このチグハグさが斬新な設計なのでしょう。この下を高速道路が走っています。
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【 正門の門衛所と哨舎】オリジナルの哨舎は博物館明治村に保存されているとの事
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この正門から入れる人は国賓のみ、ヨーロピアンな造りですが、一番上には菊のご紋があります。
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【 正門の陰】
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◆創建当初から迎賓館に改修されるまで、 正門・鉄柵は、黒と金で彩られていたそうですが、今は白に金と清楚な赴きに。
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◆迎賓館は「国家元首しか泊まれない国営ホテルです」
正門前の公園(春には百合の木の花とバラが咲きほこります)
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おまけ〔四谷見附〕から徒歩で・・・。
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by hime-teru | 2016-02-18 22:47 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

浅草ぶらり

 ★…【浅草寺】浅草ぶらり旅 …★
            2016.01.04
七福神の帰路、鶯谷からバスで浅草に出ました。4日でもこの賑わい、仲見世は人の波、人混みを避けてを裏通りを散策して浅草寺にお参り致しました。
【浅草寺】
昭和20年(1945)3月10日に惜しくも戦災で焼失した旧本堂(国宝、3代将軍徳川家光建立)と同形態で、昭和33年(1958)10月、全国ご信徒のお力添えにより再建された現本堂は、鉄筋コンクリート、本瓦葺です。628年に漁師の網に一躰の観音さま(小さな像)のご尊像を感得。聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依(きえ)し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝(らいはい)供養に生涯を捧げた。夢告によりご本尊を『ご秘仏』と定められ、以来今日までこの伝法(でんぼう)の掟は厳守されている。
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仲見世から本堂に向かいます。
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日本で最も古い商店街として知られる浅草の仲見世。現在も街並みは江戸時代の名残を残し、老舗の名店も多く並んでいます。
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「浅草寺は」東京都内最古の寺院であることから、国内だけでなく海外からも多くの観光客が訪れています。坂東三十三箇所観音霊場の札所でもあり、霊験あらたかな寺院としても信仰を集めています。極彩色豊かな外観が特徴的な浅草寺です。
【【宝蔵門・仁王門】 旧(仁王門) 現(宝蔵門
戦災で焼失した仁王門は木造でしたが、現在は鉄骨・鉄筋コンクリート、入母屋造 和様三手先五間三扉重層門 。現在の門は浅草寺の山門として、内部三層のうち上部二層に近代的防災設備を施した収蔵室を設け、浅草寺の什宝物収蔵の宝蔵門として大谷重工業・ホテルニューオータニ創始者の大谷米太郎氏のご寄進により復興再建された。
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宝蔵門をくぐり境内に入ります。先ずはお清めおみくじ。
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本堂でお参り、沢山の人手で身動きできません。一方通行でした。
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境内の光景。
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945年に平公雅が建立したことで知られるのが浅草寺の五重塔です。何度か焼失などを繰り返し現在の五重塔は江戸時代初頭、1648年に再建されたもの。明治時代初頭には国宝にも指定されました。
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仁王門から海外観光客が次々と門をくぐり仲見世に。外には消防車が待機
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仲見世の裏通りも情緒たっぷり
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スカイツリーもすぐそこに
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『浅草でも人力車』
人力車の粋なお兄さんがコミカルな口調で観光案内をしてくれます。
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ハリウッド・チャイニーズシアターの前の床に敷き詰められている手形とサインを模倣して作られたのが「スターの広場」です芸能人と自分の手の平を比べてみながら楽しんでいます。
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下町らしい風情は昔のままです。
by hime-teru | 2016-01-12 22:36 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

小野篁ゆかりの【小野照崎神社】

                      ★…【小野篁】 平安初期の儒学者…★
                           2016.01.04
七福神の帰りに下谷に学問の神社がありました。太鼓の音に吸い込まれて立ち寄ってみました。
【小野照崎神社】
下町の入谷に鎮座する神社は、小野篁を主祭神とし、相殿に菅原道真を祀る。852年(仁寿2年)この地の住民が上野照崎の地に小野篁を奉斎したのが起源と伝わる。寛永年間(1624年-1643年)、寛永寺の建立のため幕府より移転を命じられ、現社地に遷座したようです。
江戸末期、回向院より菅原道真自刻と伝わる像を迎えて相殿に祀り、「江戸二十五天神」の一つに数えられた。
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【小野篁】おののたかむら
『百人一首』...『わだの原 八十嶋かけて 漕ぎ出ぬと 人には告げよ 海士のつり船』
平安初期の儒学者であり、歌人である小野篁公が御東下の際、御遺跡を留められたことから「上野殿」と尊称され、祀られたのが当社の創始であります。「令義解」を始め多くの著書を残し、足利学校を創立されました。漢詩は日本の「白楽天」と呼ばれる程の天才であったとか。
子孫には書家で三蹟の一人の小野道風、歌人で六歌仙の小野小町がいます。
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樋口一葉の「たけくらべ」に「小野照さま」の名で出ている。由緒ある神社のようですが・・・?氏子さんが少ないからでしょうか?境内は雑然としていました。日本三大「庚申塚」や都内三大「富士塚」があるのですが。

★「下谷坂本の富士塚」(したやさかもとのふじづか)昭和54年に重要有形民俗文化財に指定され
ている。毎年富士山の開山に合わせて6月30日と7月1日に一般の登拝ができる。
富士山信仰の神社、浅間神社の神使は猿。申(サル)の日に富士山が現れたこと由来とされています。手を合わせて富士塚を守る姿
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★「庚申塚 」… 日本三大庚申の一つ。
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★恋愛と仕事の御利益のある「織姫・稲荷神社」
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学問・芸能の神として有名なパワースポットなのでした。俳優の故・渥美清氏ゆかりの神社。渥美氏がまだ無名だった頃「タバコを一生 吸いませんので仕事をください」と願掛けをしたら、その直後に映画『男はつらいよ』の 主役に抜擢された。以後渥美氏は死ぬまでタバコを吸わなかったそうです。という事から参拝者が多いようです。
「おまけ」
神社の一角に廃墟のような?古い家屋。ふしぎな景観でした。
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by hime-teru | 2016-01-12 22:00 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【聖徳記念絵画館と外苑の銀杏並木】

   ★… 【聖徳記念絵画館と外苑の銀杏並木】 …★
外苑と銀杏並木の光景です。アップの時期を逸しました。1年遅れのアップです。今年の銀杏は?・・・変わりなかったでしょうか?

【聖徳記念絵画館】
神宮外苑の中心的な建物で、幕末から明治時代までの明治天皇の生涯の事績を描いた歴史的・文化的にも貴重な絵画を展示している。維持管理は宗教法人明治神宮の予算で賄われており、他からの援助は一切受けていない。警察官により常に厳重に警備されている。
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外観は花崗岩貼り、中央に径15メートルのドームを戴く左右対称の構成とし、当時流行のセセッション風の重厚な意匠でまとめている。内部中央の大広間の装飾は、床に大理石とモザイクタイル、壁面に色変わりの大理石と石膏彫刻、天井に石膏彫刻を用いている。
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初めて入りましたが、名だたる企業や有名な方々が奉納された日本画、洋画の展示があり、明治を偲べる貴重な絵画館でした。学習致しました。(絵画は撮影禁止)
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【イチョウ(銀杏】
明治神宮外苑創建に先立って、1923年(大正12年)に植栽されたもので、並木の総本数は雄木44本、雌木102本の合計146本である。イチョウ(銀杏)の並木が絵画館が中心になるように沿って植えられており、遠近法を用いて実際の距離より絵画館が遠方にあるように表現されているのも特徴的で、建物自体の美術的な価値を高めている。空に向かって背を伸ばす銀杏、美しい風景でした。
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神宮外苑で祝賀行事のための行進光景。全員が揃うまで何度も練習されていました。
ピリリと張り詰めた雰囲気の中で・・・。
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by hime-teru | 2015-12-23 00:26 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)

【秩父札所】 34番 結願寺&秩父華厳滝

             ★… 【秩父札所】 34番 結願寺&秩父華厳滝…★
                              2015.11月04日
【結願寺】水潜寺
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霧雨で木々はしっとり・・・。
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秩父華厳の滝は日光の華厳の滝の数分の1(華厳の滝ミニチュア版)皆野町にある落差12m程度の小さな滝です。
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一直線に流れ落ちる形は日光の華厳の姿に良く似ている所から名付けられたのでしょう。、赤い岩肌は、滝の水しぶきで一層赤みを増して映えて優しい女性的な印象を受けました。紅葉が雨にぬれて鮮やかで綺麗でした。厳寒期には滝が凍りつき神秘的な姿も見ることが出来るようです。
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滝上には、目を大きく見開いたユニークな不動明王が見えます。左官店が作成のようです。
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なぜ、あんな所に・・・お顔も・・・不動明王様とは言いがたいお顔。天然石を利用してセメントの産地ならではハンドメイドお不動さんらしいが・・・何だか滝に沿わない違和感を感じるが・・・これが秩父の観光に一役かっているのでしょうね。(?_?)
by hime-teru | 2015-11-26 15:32 | 徒然散策(関東編) | Trackback | Comments(0)