カテゴリ:追憶(海外編)( 3 )

【追憶 『海外編』 イタリア編】- ③ フォロ・ロマーノ

                      ★… 【追憶 『海外編』 イタリア編】- ③  フォロ・ロマーノ  …★
                           1997年4/26~
【フォロ・ロマーノ】
かつて古代ローマの中心部として数々の歴史を刻んできた場所です。ローマ建国以前からの中心部だったカピトリーノの丘が手狭になり、拡張のために下の谷の沼地が排水工事の後、整地された。紀元前500年頃にはすでに施設が建ち並んでいたようです。
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「フォロ」とはフォーラム(広場)のことで、市民中心の共和制時代、各々の取引や話し合いの場として置かれて、たいへん賑わったところです。8本の柱と基底部が残る「サトゥルノ神殿は神聖域カピトリーノへの坂道沿いに建つ奴隷の神を祀った神殿でした。 今はかわいい基礎石がずらっと並んでいるだけ。
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シーザー(カエサル)が暗殺されたのもこのフォロ・ロマーノです。
by hime-teru | 2013-03-26 22:30 | 追憶(海外編) | Trackback | Comments(0)

【イタリア編】-②  コロッセオ  

                   ★… 【追憶 『海外編』 イタリア編】- ②  コロッセオ  …★
                           1997年4/26~
【コロッセオ】
コロッセオは、ヴェスパシアヌス帝が紀元72年に着工した円形競技場です。80年に彼の息子ティトス帝により完成されました。5万人収容の競技場は、1階が大理石張り(石切り場としてはがされ、ほとんど残っていませんが...)の貴賓席でした。、2階が庶民の木製席で、3階は立ち見席。剣闘士や猛獣、囚人を収容していた地下は、現在床がなくなっているので上から一望できます。
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コロッセオがある限りローマはあるだろう・・?
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見学者が小さく見えますね。とにかく大きいです。
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【外観】
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【入り口】
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お土産のお店
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by hime-teru | 2013-03-26 22:16 | 追憶(海外編) | Trackback | Comments(0)

追憶 『海外編』 イタリア-①

              ★… 【追憶 『海外編』 イタリア編】-① バチカン市国 …★
                       1997年4/26~
私の海外の旅は?40数年前から?、レ-トが360円の時、1000ドルしか持ち出せなかった時代が始まります。と申しましても、子育て中は間があきます。息子が高校生になった頃からでしょうか?ですが、出かけたところはほんの十数カ国、その間、お気に入りで二度三度と訪ねた国もありますが、今では懐かしく思えるのです。(歳をとるということは・・・?)
当時はまだフイルムの時代でしたので、出かけるときは36枚撮りのネガフイルムを20本は持参して出かけました。現像もプリントにも予算があります。夫と二人分ですから、プラス50本ほど??。今では考えられません。

百聞は一見に如かず” 実際に訪ねた土地は数10年経っても昨日のように甦ります。今のような簡単なデジタルカメラではありませんでしたので、日付や詳細が不鮮明、当時は俄勉強をして出かけたはずですが・・、悲しいかな?月日は容赦なく記憶を消し去ります。感激をした地は鮮明に残っているのですが・・・?
記憶を辿りながら場所を思い出すのに一苦労です。風景や建築物から街の名前が出て来なかったり、地図と歴史書をひもときなが、少しずつ追憶の旅をして見ようかと思っています。

世界史の勉強をなおざりにしてきたものですから、この歳になって”そうだったのか!”と新しい発見ばかりで反省しきりです。年相応と言われながら記憶の衰えには苦渋の涙ですが、微かな記憶線を頼りにしながら、旅した国の空気と現地の会話を思い出し、花アップの間に、少しずつ『海外追想写真』をこのブログアルバムに追加していきたいと思っています。

カテゴリーを作りながら、中々アップに至りませんでした。バチカン法王のニュースをテレビで拝見し、眠っていた私の心にスイッチが入りました。老後の「特効薬」になるのではと思い始めました。

少しずつフイルムスキャンをして来ました旅の思い出のリバーサル写真は、ほぼ完了ですが、35㎜ネガのほうは、膨大な量があって整理がまだまだ途中です。アップ以後に差込みをしながら、このブログ写真書庫のアルバムで残しておきたいと思うようになりました。今では、様変わりした街も多々ありましょうが、ヨーロッパは歴史を大切にする国ですから、それほどの変化は見られないのではと思います。

先日、新しいローマ法王、フランシスコ1世の就任式典がバチカンで行われたニュースを聞き、まずはイタリア編から進めていきます。
2013年2月28日にドイツ出身のベネディクト16世が教皇を退位し、3月13日にコンクラーベによりフランチェスコ1世が教皇に選出されました。3月19日には、新しいローマ法王、フランシスコ1世の就任式典がバチカンで行われ,フランシスコ1世は数万人の信者が見守る中、バチカンのサンピエトロ広場を一周したあと、法王の象徴である肩掛けや権威の象徴である「漁師の指輪」をはめて、サンピエトロ広場(St Peter's Square)に集まった数万人の群衆にあいさつをされたバチカン市国ニュースをテレビで拝見しました。
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◆イタリア・・・(Italia)首都はローマ。
正式名称はイタリア共和国。地中海中央部の長靴形の半島。北はアルプス、フランス、スイス、オーストリア、スロベニアに接し、南ではチレニア海をはさんでサルジニアとシチリアの二大島を含み地中海に面する国。
※【市庁舎】
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◆【バチカン市国】
東京ディズニーランド (約0.52km²) よりも小さく、中国北京の天安門広場と同じくらいです 狭い領土の中にサン・ピエトロ大聖堂、バチカン宮殿、バチカン美術館、サン・ピエトロ広場などが肩を並べている。
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バチカンはローマ教皇庁によって統治されるカトリック教会と東方典礼カトリック教会の「総本山」である。バチカンの統治者はローマ教皇である。
(法王は)すべての神の民を守るために腕を広げ、慈悲深い愛情で人類の全体を、特に最も貧しく、最も弱く、最も軽んじられる人々を抱擁しなければならない」と述べ、「経済、政治、社会生活の責任ある立場にいる人々に請いたいと就任式で誓われました。
そして、私たちは破壊と死の兆しを、この世界の進展とともに歩ませてはならない」と付け加えた。【翻訳編集】を参照
※【コンスタンティヌス帝の凱旋門】
ローマにある凱旋門の中で1番大きいものであり、パリの凱旋門のモデルになったとのこと。
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◆ バチカンという名称は、この地の元々の名前であった「ウァティカヌスの丘」 から命名されたようです。

※【バチカン宮殿 】
サンピエトロ大聖堂は世界最高の芸術の宝庫です。教皇は、バチカン宮殿滞在中の毎週日曜には執務室から姿をあらわし、サン・ピエトロ広場に集まる信者とともに祈りをささげ、祝福を与えておられます。
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◆※ 【システィーナ礼拝堂】
神のごとき才能と称賛された天才彫刻家ミケランジェロのフレスコ画が2点残されています。1点目は、巨大な『天井画』。2点目はミケランジェロが6年の歳月をかけた『最後の審判』の壁画があることであまりにも有名です。
『天井画』の一部はネガフイルムのためスキャン後に差し込みます。

※【ミケランジェロのピエタ像
マリア様はとても優しいお顔でした。
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※【大聖堂内部】
 サンピエトロ寺院内、とても広きく、荘厳です。ネガフイルムにもあるはずですがスキャンできましたらこのコーナーに追加予定です。
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バチカン市国の人口は800人ほどで、ローマ法王もここに暮らしています。小さいながらも、歴史の芸術の国です。バチカン市国は一切の軍事力は保持していない。警察力もスイスからの傭兵である「市国警備員(スイス人衛兵)」が担当している。
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※【ラオコーン像】
バチカン美術館のピオ・クレメンティーノ美術館に所蔵されている大理石製の古代ギリシア彫像。ギリシア神話のトロイアの神官ラオコーンとその2人の息子が海蛇に巻き付かれている情景を彫刻にした作品である。
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※【サン ピエトロ広場】
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※【ヴァチカン博物館 バチカン美術館】
バチカン美術館(博物館)は 歴代ローマ教皇の収集品を収蔵展示する世界最大級の美術館である
歴代のローマ教皇は同時代の芸術家を手厚く保護し多くの美術品を収集した。ミケランジェロの天井画『創世記』 祭壇壁画『最後の審判』などあります。
※【博物館】入り口
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【ピーニャの中庭】
建物沿いに何カ所もシスティーナ礼拝堂壁画の説明図がある。静に見学。
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【中庭の松ぼっくり】
松ぼっくりの大きな置物は1、2世紀頃のローマ帝国の時代に噴水に使われていたそうだ。左右の孔雀も同時期(ハドリアヌス帝時代)のもの。ただしこれはレプリカで本物はブラッチョ・ヌオーヴォにあるらしい。また松ぼっくりの両側の階段はミケランジェロの作と云うことです。「ピーニャとは松ぼっくりのこと」ネガ写真はありますので、後ほどのアップです。
by hime-teru | 2013-03-24 22:32 | 追憶(海外編) | Trackback | Comments(0)