カテゴリ:野菜の花( 6 )

【Basil・バジル】

                        ★…【 Basil・バジル 白い花 …★
                            2012.家庭菜園にて
【バジル】
シソ科の一年草。バジルの花をしげしげと眺めることはないと思うが、シソ科の小さな白い花なのです。黒い小粒の種子を水に浸すと表面が寒天状に膨らみカエルの卵のようになる。
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草丈は約50センチ、葉は対生し、卵形で長さ5~10センチ。夏に白色の小さい唇形花を穂状につける。
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原産地はインドからインドシナ半島にかけての地域で熱帯では半低木になる。16世紀にヨーロッパに伝えられ、現在はスペインやイタリア、フランスなど南ヨーロッパやアメリカでも栽培されている。
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日本には江戸時代に渡来しているが、栽培は少なかったが、近年、食卓も洋食が主になり、ハーブブームが来てベランダ栽培も盛んになってきました。
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葉を生(なま)のまま、あるいは乾燥させてハーブとして利用する。また、葉から芳香油をとり、せっけんや飲料の香りづけに使う。
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春に種播き畑に定植するが、葉をとるだけならば春から夏に直播きしてもよい。霜にあうと枯れる。

香草系香辛料の一種で、漢方ではこれを目に入ったごみを洗うのに使うところからメボウキの名がある。日本では別名メボウキ、バジリコともいう。
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高貴な甘いにおいとかすかな辛味をもち、この香りがトマトと非常によくあうため、イタリア料理、
とくにピッツァパイのソース、スパゲッティミートソース、チキンカチャトーレ、スパゲッティナポリタンなどには欠かせない。また、シチュー、ソーセージ、ドレッシングや油っこいウミガメのスープにも最適である。ガーリックを利かせたホワイトクラムソースや、スパゲッティのバター和(あ)えにバジルを加えると一段と風味を増す。
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by hime-teru | 2012-10-11 22:32 | 野菜の花 | Trackback | Comments(0)

【豆の花】

                   ★…【 野菜の花 】 豆 …★)
                      2012 家庭菜園にて
【隠元豆の花】【枝豆の花】
豆の花はとても可愛い『蝶形花』 枝豆は米粒ほどの小さな花です。今年は菜園に蒔いて実りました。美味しく頂きました。
◆【隠元豆の花】
マメ科の一年草で南アメリカ原産。ゴガツササゲ、トウササゲなどの別名がある。マメ類では大豆、落花生に次ぐ。3小葉の複葉を互生し小葉は菱形で長さ10cmにもなる。花は蝶形花で白または淡紅色,長い花軸の先に集ってつく。果実は湾曲した長い莢で長さ10~20cmになる。
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品種がきわめて多いわが国では北海道が主産地。現在では全世界の温帯に広く栽培され、重要な野菜の一つである。多数の品種がありその多くはつる性であるが、写真はつるにならないで背丈の低いツルナシインゲンです。
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種子の形や色模様は品種により変化が多い。褐赤色のものにキントキマメ、白色のものにシロマルウズラマメ、オタフクマメ、淡褐色に濃茶褐色の斑点のあるものにウズラマメ、白地にへその周囲が茶褐色となり濃色の斑紋のあるトラマメなどがある。
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莢隠元として若い莢を食べるほか、成熟した豆は煮豆、きんとん、あん、甘納豆などにする。
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インゲンマメの名は、昔隠元禅師が中国から持ってきたことからつけられたといわれるが、その豆は実はフジマメであったという。関西ではフジマメをインゲンマメという。ベニバナインゲンは近縁の別種であるようです

◆【枝豆の花】 
えだまめダイズの一利用形態で、未熟で莢(さや)が緑色のうちに収穫して食用にするものをいう。関東地方以北でよく利用されたが、近年では全国的に大都市を中心に消費が伸び、、年々増加の傾向にある。主産地は埼玉、東京、千葉、静岡、福島などの都県。海外では、中国中部から北部で多く利用され、インド、マレーシア、インドネシアのジャワでも食用とされる
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陰暦9月13日の月を豆名月ともよび、古くから枝豆を供える習慣があった。枝豆のことを月見豆ともいう。もともとはそのころが旬(しゆん)であった。消費は夏に多いが、栽培方法の改良によって、4月ごろから12月ごろまで市場にあり、また冷凍ものが1年中出回っている。
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洋酒やビールのつまみによくあい、莢ごとゆでて豆を食用とするほか、莢をむいた豆をすりつぶし、砂糖と塩で調味したものは、仙台地方でじんだ和(あ)えとよび、団子やおはぎにまぶして食べる。
by hime-teru | 2012-10-04 22:38 | 野菜の花 | Trackback | Comments(0)

【南瓜】 かぼちゃ

                    ★…【 南瓜 】 自然界に見るいのちの営み …★
                      2012.9月我が家の家庭菜園にて
【Cucurbita】カボチャ
ウリ科の1年生つる草。カボチャ属の野生種は新大陸のみに分布し多くはメキシコおよび中央アメリカで11種に及ぶ。栽培種5種のうち、ニホンカボチャ、クリカボチャ、ペポカボチャは世界で広く栽培されている。(花はクリカボチャ)
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【ニホンカボチャ】
一般にカボチャと称され、トウナスともいう。つるは太く、地面をはい粗い毛があり稜または溝がある。花は濃黄色、雄花と雌花があり、夏の早朝に開く。日本への渡来は古く16世紀中ごろポルトガル船によってもたらされた。ニホンカボチャの品種は多く1921年(大正10)の農事試験場報告には143品種の報告がある。菊座(きくざ)、三毛門(みけかど)、居留木橋(いるきばし)、見付(みつけ)、西京(さいきよう)などに分類される。
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西京(鹿ヶ谷)は京都産で晩生(おくて)の大果でヒョウタン形、茶褐色で白粉をふく。果肉は柿色。
白菊座は東京産の古い品種。果実は中形。Yokohama gourdという名前で欧米に紹介されている。
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【引き継ぐ命】 植物の神秘 沢山の命が詰まる かぼちゃ・・
一株の苗から今年は大きなカボチャが5個実をつけました。収穫しては我が家の定番料理(カボチャスープ)に仕上がります。夏の朝食には欠かせない冷たいカボチャのスープです。
だが、大事に育てすぎた一つ、少しヒビが?スイカで言えば熟れすぎの様な?割ってみると、まさか!まさか!の驚きの光景。始めて見る生命の営みに感動と感激を覚えました。
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今年は異常気象だったからでしょうか?芽が出たカボチャを収穫したのは始めてで御座いました。
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種を割って芽生えた沢山の命、無垢の気だては何とも神秘で何処までも美しい。一時見入ってしまいました。
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【クリカボチャ&セイヨウカボチャ】我が家のカボチャはクリカボチャ
茎の断面は円く葉は切れ込みが浅く淡緑色で白斑がない。果柄は円筒状で条線があり、ニホンカボチャと違って成熟しても柔らかい。果実はおもに大形で表面が滑らか。果肉はやや粉質。
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渡来は1863年(文久3)アメリカ。冷涼地の栽培に適し、北海道、東北地方、長野県などに多い。
現代の食の嗜好には、ニホンカボチャよりクリカボチャが適する。よって、ニホンカボチャの栽培は減りクリカボチャの栽培が増えている。
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ふんわりとしたカボチャのケーキから芽が出たような趣!味わい深い風姿です。
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カボチャといえば、アメリカの感謝祭につくる『ハローウィン』パンプキンパイとのお化けの面が有名である。くりぬいてお化けの面をつくるカボチャは、ポンキンの飼料用の品種で繊維が多くて人間の食用には適さないが、貯蔵性があり冬の間の家畜飼料として重要である。

カボチャ類のもっとも古い記録は『ペポカボチャ』で、メキシコのタマウリパスの紀元前7000~前5500年の地層から種子と果皮の一部が出土している。ペポカボチャは考古学的資料からはメキシコとアメリカ西部に限定され、逆にクリカボチャはアンデスの高原地帯しか知られていない。

ニホンカボチャはペルーのワカ・プリエッタの前4000~前3000年、ついでメキシコのタマウリパスの前1440~前440年の地層から発掘され、有史以前に南北アメリカに広がっていたことが知られる。新大陸の発見後、16世紀前半に世界に伝播(でんぱ)され、日本にもいくつかの経路で渡来したことが異名からわかる。

九州の方言ボーブラはポルトガル語のアボーボラに、ナンキン(南京)、トウナス(唐茄子)、カボチャ(カンボジア)はそれぞれ地名に由来する。(大図鑑 参照)
by hime-teru | 2012-09-21 23:51 | 野菜の花 | Trackback | Comments(0)

【野菜の花】 茄子・トマト

                      ★… 【 野菜の花-茄子・トマト 】 …★
                         撮影はH21年、家庭菜園にて
【茄子】
ナス科の一年草。インド原産と考えられ熱帯では多年生であるが温帯各地で一年生の野菜として栽培されている。茎は紫色でよく分枝し高さ1m以上にもなる。全体に星状毛を有し、茎,葉柄,萼などにとげをもつ。花は普通1花ずつ葉腋に生じ紫色の合弁花で浅い杯状に開く。果実の形は球、扁球、卵、太長、細長形などがあり紫黒色でまれに緑、白色のものもある。
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ナスはナスビともよばれる。ナスは「為す」「成す」の意味で、実がよくなることに由来するという。
■「初夢や一富士二鷹三茄子(なすび)」と珍重されるのは、ナスに成すをかけて新年のめでたさを祝ったもので、一説には江戸時代早くも東海地方の暖冬地でナスの促成栽培が始められ、夏の野菜が初春に珍しいということで得がたい貴重なものとして比喩に用いられたともいわれる。
■「秋茄子は嫁に食わすな」の諺は、秋ナスは味がよいので嫁には食べさせるなという意味であるが、秋ナスは体を冷やす食べ物、皮も固く消化に悪いので、嫁の体を気遣ってのこととする説もある。
■「親の意見とナスビの花は千に一つのむだもない」のたとえは、ナスの花はウリ類などと違って雄花と雌花が分かれていないので結実率が高いことと、枝が茂って次々と開花結実し、落花が目だちにくいことからいわれたものである。
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その起源地はインド東部地域(アンドラ・プラデシュ州およびタミル・ナド州)で、それらの地域には刺があり、苦味の果実をもつ多年生野生型ナスが自生している。その野生型ナスにもっとも近い近縁種は野生祖先種とも推定されている。インドが起源地であるが中国においても多数の変異が生じ、第二次中心地を形成している
北アフリカにはアラブ人やペルシア人によって5世紀ころ導入され、ヨーロッパにも15世紀に入ったが、17世紀まで普及しなかった。日本では『正倉院文書』(750)に記録があり、8世紀には中国から導入されたと推定される。和名「奈須比」として記載されている。
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【トマト】
ナス科の多年草。栽培上は一年草として扱われる。茎は長さ1~2メートルになるが、自然には直立できず地面にはう。茎の下部が地面に接するところからは不定根を出す。葉は長さ15~45センチの羽状複葉で柔毛がある。花は黄色で直径約2~3センチ、花冠は5ないし10片に深裂する。葉腋に3~7花が房になってつく。果実の内部は数室に分かれ、多数の種子が入っている。果実の形は品種によって大小さまざまで、果色も赤、紅、黄色などである。
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日本では生食用には桃紅色の果実が好まれるため、ほとんどが桃紅色の品種である。最近になって、直径2~3センチの赤または黄色の果実を房成りにつける品種や、卵形や西洋ナシ形の小形の果実の品種が普及し始めている。
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トマトの起源と普及は新しく、栽培トマトの成立は紀元後1000年ころと推定されているメキシコが起源であると考える。この地域はアステカ文化圏で、アステカ人は好んでホオズキを食用に供し、トマトに似たホオズキの育成・栽培をしていることから、ケラシフォルメの栽培と育成に努めたことが想像できる。新大陸発見後、1523年のスペインのメキシコ征服後、スペイン人によってヨーロッパに入り、44年イタリア、75年イギリスに、さらに中欧諸国に伝播した。最初は観賞用で、食用に供したのは18世紀以降である。アメリカには18世紀末にヨーロッパから入ったが19世紀末までは普及しなかった。アジアへはスペイン人によって太平洋経由でフィリピンに入り、1650年以降マレーシア東部でも栽培された。日本へは寛文年間、1670年ころに長崎に伝来し、その後、明治初年に開拓使によって欧米から品種が導入され、赤茄子(あかなす)の名で試作された。しかし当時は独特の臭みのため普及せず、大正時代に入って北海道と愛知県を中心として栽培が増加したが、現在のように普及をみたのは第二次世界大戦後である。

「トマトが赤くなると医者が青くなる」「トマトのある家に胃病なし」などといわれて健康食品の代表でもある。
by hime-teru | 2009-06-17 22:29 | 野菜の花 | Trackback | Comments(2)

【野菜の花】-春菊・しゅんぎく

                 ★… 【 野菜の花-春菊・しゅんぎく 】 …★
                    撮影はH21我が家の家庭菜園にて
続いて野菜の花『春菊』も撮影してみました。キク科の一年または越年草。地中海地方原産。日本と中国で野菜として栽培され冬から春の間に若い苗をとって食用とする。全草に独特の香りがある。葉は互生して2回羽状に深く裂け葉柄はなく基部は茎を抱く。耐暑性・耐寒性があり。
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春に株の中央に茎を伸ばし5月頃に茎頂に径約3cmの頭状花をつける。周辺には黄色、ときに白色の雌性の舌状花が並び中心部は黄色で両性の管状花から成る。高さは1.5メートル程に達すると高温長日条件下で茎頂に径約3cmの頭状花をつける。黄色ときに白色の雌性の舌状花が並び中心部は黄色で両性の管状花から成る。自然では4月下旬から5月下旬ごろ開花する。
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種子には休眠期があるので発芽率は一般に低い。全草に芳香があり春の若苗や葉を食用にする。春菊の名は菊に似たかわいい黄色や白い花を咲かせ、これに由来し、春に花が咲くから春菊。野菜の花とは思えないほど綺麗な花姿ですね。

東洋諸国で広く食用にされている春菊も、菊の香りを食用として好まないヨーロッパでは、もっぱら鑑賞用のようです。変種のハナゾノシュンギクは、花は二重または三重から八重のものまであり、花壇、切り花用に栽培される。
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古い時代に地中海沿岸から中国へ伝わり、中国から日本へ伝来したと考えられ、江戸時代に最初の栽培の記録(1688)がある。現在シュンギクを栽培しているのは日本のほか中国、フィリピン、タイ、インド、ジャワなどで、東洋独特の野菜である。

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春または秋に種を播く(生育適温は20℃前後)、3~6月と9~10月によく生育する。一方、需要がもっとも多いのは鍋物に用いる冬なので、関東では11月から、関西では12月からは霜よけをして覆下栽培が行われる。関東地方以西の都市近郊に多く葉が細く裂け、薄いものをセリバシュンギク、葉が厚くへら形で刻みの浅いものをオタフクまたはリュウキュウシュンギクという。

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俳諧では春の季語だが、現在では消費のピークは12月ころである。

特有の香りと鮮やかな緑色が喜ばれ、とくに冬の鍋料理には不可欠のものとされ昭和40年代から生産が急増している。それに伴い、ひたし物、和え物、てんぷらなどの利用も増えている。
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なまの葉100グラム中に、ビタミンC21ミリグラム、カロチン3400マイクログラムを含み、緑色野菜としての価値は高い。日本料理では、色よく塩ゆでし水にさらしてから適宜に切って利用するが、中国料理ではスープや炒め物、粥の青みなどに用いる。
by hime-teru | 2009-06-13 17:38 | 野菜の花 | Trackback | Comments(0)

【ジャガイモの花・馬鈴薯】

                  ★… 【 野菜の花-ジャガイモの花・馬鈴薯 】 …★
                     撮影はH21、5、25我が家の家庭菜園にて
『ジャガイモの花』をゆっくりと眺めたことおありですか?ネコの額ほどの我が家の家庭菜園、今年もジャガイモ、タマネギ、トウモロコシ、茄子、キュウリ、スイカ、瓜、等、所狭しと育ってきました。花が咲き実がなる収穫時の喜びは言葉では言い表せない格別幸せな気持ちになります。レンズ越しに見る野菜の花のなんとチャーミングで可愛らしいこと。北海道の馬鈴薯畑にはかないませんが・・・。我が家はお花は見事です。
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【ジャガイモ】ナス科の多年草。世界のいも類のうちでもっとも広い範囲に大量に生産されている重要作物である。南アメリカのアンデス地方の高地の原産といわれるが、トウモロコシとともに長い間インカ文明を支える主要な食糧であった。コロンブス以後スペイン人によってヨーロッパに紹介され、現在では世界各地で栽培されている。茎は高さ70cmぐらい緑色で軟らかく特有の匂いがある。地下に多数の地下茎を伸ばし次第に肥大して芋(塊茎)となる。塊茎の大きさ、形、色などは品種によりさまざまである。葉は羽状複葉で互生する。6月頃、白色または淡紫色の花を開く。花冠は径2~3cmの合弁で星形に浅く5裂する。
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日本には16世紀の終り頃、オランダ船がジャワのジャガタラ(現在のジャカルタ)からもたらしたので、ジャガタライモまたはジャガイモという。
明治年間になって外国から優良品種が導入されて以来栽培が盛んになって全国的に普及した。おもな産地は北海道、東北地方がこれに次ぐ。

日本で栽培される代表的な品種は「男爵」と「メイクイーン」である。写真の花は「男爵」と「メイクイーン」「キタアカリ」です。
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この植物に馬鈴薯の漢名をあてることも多いが,牧野富太郎先生によると馬鈴薯は中国産のまったく別の植物で食用にはならないとのこと。
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ジャガイモの伝播には諸説があるが、遅くとも16世紀末までに、スペイン、イタリア、オランダ、イギリスなどに伝わり、チューリップをオランダにもたらしたライデン大学教授のクルシウスやイギリス本草学の祖ジェラードなど植物学者の注目を浴びた。
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17世紀になってヨーロッパでは、らい病をもたらすとか、聖書にない不浄の作物として嫌われ冷遇された時代でした。もっとも普及したのはドイツで、フリードリヒ一世が栽培を義務づけて奨励、次のフリードリヒ・ウィルヘルム二世も農民に栽培を強制し、反対者を武力で押さえた結果、ムギ類にかわって主食になり、飢えから解放され国力も増し、19世紀のドイツの発展につながった。
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フランスでは薬学者のアントアーヌ・オーギュスタン・パルマンティエがジャガイモの優秀性に気づき、1773年にルイ16世にジャガイモの花束を献上し、救荒食物として勧めた。それに賛同した国王は王妃マリ・アントアネットにその花を身に着けさせて夜会に臨ませ、社交界の関心を集めさせた。一方、ジャガイモ畑に国王の親衛隊を派遣、昼間は見張りをさせるが夜は監視を解いて引き上げさせ、「国王の作物」を盗み出しやすいようにして庶民に広める作戦をとった。パルマンティエはジャガイモ料理を種々考案し晩餐会をたびたび開いて、上流階級への普及に努め、現在もフランスにいくつかのジャガイモ料理があり、その名をとどめている。
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イギリスでもジャガイモは国策によって評価が左右された。ジョージ二世の時代は法令で禁じられたこともあったが、ジョージ三世の時代に広く行き渡った。

日本へは江戸初期に渡来し当初は南京芋の名で記録されている。馬鈴薯の名は、小野蘭山がジャガタライモを中国の『松渓懸志』に出るつる植物の馬鈴薯に誤ってあてたことに始まる。この誤用に牧野富太郎は強く反対したそうです。

現在、文部省や教科書、おもな植物図鑑などではジャガイモの名をとるが、農林水産省の試験場などではバレイショで通用している。ジャガイモの主要品種の男爵は函館ドック社長の川田竜吉男爵にちなんだ名で、明治40年アメリカから導入した品種が北海道の彼の農場から広まったようです。

英名は、アイルランドの靴屋のことで、それをみいだした人の職業からつけられた。もう一つの代表品種メークイーンは、イギリスの品種で1917年(大正6)渡来した。
by hime-teru | 2009-06-12 18:21 | 野菜の花 | Trackback | Comments(0)