カテゴリ:源氏物語(巻51~巻54)( 6 )

【 源氏物語 】 巻54 『夢の浮き橋』 宇治

★… 【 源氏物語 】 巻54 『夢の浮き橋』 宇治 …★
               2015.5/16 宇治にて
【宇治十帖】
源氏物語の宇治十帖は「橋」に始まり「橋」に終わる文学です。物語の舞台は宇治、宇治橋は欠かせなく、昔も今も「宇治の象徴」というべき存在であります。

宇治十帖の物語は、光源氏の子?とはいえ、実は正妻女三宮と柏木の間に出来た不義の子「薫」と、源氏の実子明石の中宮の子「匂の宮」を主人公に、源氏の異母兄弟「八の宮」の二人の姫君との恋愛、従妹の「浮舟」との悲恋物語で、夢ははかないもの、「浮橋」は不安定なものとして「夢の浮橋」で終わります。
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『夢浮橋之古跡碑』  
宇治橋西詰の観光案内所の向かって右側横に「夢浮橋 (ゆめのうきはし)之古蹟碑」があります。
昭和63年に現在の場所に石碑が建てられました。平等院の表参道入り口付近で人通りが多いにもかかわらず、目立つ紫式部のモニュメントの傍で夢浮橋之古蹟碑は忘れられたかのように目立たずひっそりと建っています。
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平等院の手前の松と桜並木には「あじろぎの道」と言い、源氏物語散策の道で近辺には平等院や宇治十帖ゆかりの古跡があります。
※「あじろぎ(網代木)」というのは、鎌倉時代まで行われていた宇治川の伝統的な漁法の「網代(竹や木で編んだ魚を獲るための仕掛け)」を繋ぎとめた杭(くい)のことです。
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中之島へと進みます。
『橘橋』島周辺の他の橋が朱色に塗られているのが、橘橋だけは擬宝殊もなく塗りが施されていません。風流な趣を考慮して・・・でしょうか?。
『喜撰橋』袂には鵜飼舟の船着場があって船泊まり舟が浮かべられています。
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流れを阻む浮島の平等院寄りの川縁では夏は鵜飼が見ものです。
中之島は『塔の島』「浮島」とよばれることもあります。中州は公園になっています。
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宇治川は、天瀬ダムから放流水も宇治川に入り、静かに見える水面ですが、流れが早く雨量が多いと時には暴れ川に変貌致します。水死者が出ることもあるようです。
遠くに見える『観流橋』は宇治発電所からの流水路が宇治川に注ぎ込む地点に架けられています。放水量の多い時の橋の上から見る水流の勢いは圧巻です。
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『朝霧橋』は島周辺の橋の中で一番長く宇治神社へと続きます。宇治上神社は世界文化遺産登録の社で日本最古の神社建築。本殿、拝殿ともに国宝に指定されています。
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宇治上神社に飛びます 【宇治上神社】

「宇治j十帖モニュメント」
宇治川東岸、朝霧橋の手前に宇治十帖(浮舟と匂宮)モニュメントです。
匂宮は浮舟の居場所を探り出し宇治を訪れます。二人はともに小舟で橘の小島へ渡る時の場面をモチーフにしています
物語は・・・
薫の庇護を受けていた浮舟、匂宮に連れ出されて宇治川対岸の隠れ家へ向かう場面があります。
浮舟が薫君の囲い人として宇治に住んでいることを知った匂宮はある夜、ひそかに宇治を訪れ、薫を装って寝所に忍び入り、浮舟と強引に契りを結んでしまうのです。人違いに気づくも時すでに遅く、浮舟は重大な過失におののくが、心は次第に情熱的な匂宮に惹かれていくのでした。

秘密は薫に知られ、匂宮との板ばさみになって進退窮まった浮舟はついに死を決意をする二人の貴人に愛される板ばさみに苦しみ、自ら死を決意したが果たせず、源氏物語は余韻の尽きない幕切れで終わっています。

薫君は、律儀で細かな心遣いに長けたまめ人である一方、優柔不断。一方、匂宮は?六条院で一緒に育った弟分の薫に常に対抗心を燃やす人物として書かれている。匂う兵部卿、薫る中将として・・。
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橋のたもとには、なぜか、こんな花が・・・!
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10年前の秋に訪ねた浮舟のゆかりの三室寺です。
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夢浮橋の古跡が宇治橋の袂(たもと)であるのは、「橋」に始まり「橋」に終わる宇治十帖最終の巻であるがゆえ、宇治橋の名がある、ここに式部の像と共に移されたものと思われます。
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「浮橋」とは、筏(いかだ)や舟を水上に浮かべ、その上に板を渡しただけの橋です。いつ流されるかわからない「はかない橋」は、源氏物語の根底に流れる「無常感」を象徴しているようでもあります。

 次へ・・・嵯峨野、祇園、南禅寺の新緑へ
 
by hime-teru | 2015-06-05 23:37 | 源氏物語(巻51~巻54) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻50 『東屋の巻』 栴檀・せんだん

            ★… 【源氏物語文中の花】 巻50 『東屋の巻』 栴檀・せんだん …★
                       撮影は H21,5,25散歩道にて
・・・薬王品などに取りわきてのたまへる牛頭栴檀とかや、おどろおどろしきものの名なれど・・・
【栴檀】
センダン科の落葉高木で、古名を『アフチ』といい『楝』の字をあてた。アジアの暖温帯から熱帯に広い分布をもつ。日本では四国、九州をはじめ南西諸島や小笠原諸島など暖地の海に近い山地に自生、庭木や街路樹として各地で栽培されている。葉は枝先に集ってつき、大型の2~3回羽状複葉、多数の小葉から成る。5~6月頃、多数の淡紫色の5弁花が複集散花序につく。花弁、萼片ともに五枚で雄しべは10本、花糸は合着して筒状となり筒の縁に葯をつける。まれに白色花のものもあり、遠くからはかすみのようで美しい。
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花後に淡黄色楕円状の核果を結ぶ。樹皮を乾燥したものが生薬の苦楝皮(くれんぴ)で駆虫剤、鎮痛剤などに用いる。果肉はひび薬に用いられる。材は建築用材、家具材、細工物に用いられる。
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センダンの名の由来は不明である。古くはアフチ(楝(おうち))といって花を観賞し、古典文学上にしばしば載せられている。なお,「栴檀は双葉より芳し」の諺にあるセンダンは本種とはまったく別の植物でビャクダン科に属するビャクダンのことのようです。



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さて、優雅を生活目標とした平安時代の人々は、仏に供える供香として出発した香をも・芸術化して薫物と称し、室内に、衣服に焚き染めたばかりか、遊戯化して薫物合(香合)と呼び香を競い合っていたようで御座います。





ここで薫物合の場面を拾ってみます
巻32「梅枝」明石姫君の裳着の時、源氏は薫香(くんこう)の調合を思い立ち、蔵から香の原料に昔と今とを両方取り混ぜて六条の女君達に贈り二種類づつ調合を依頼され、六條院の女君たちが、香壷の箱の作り具合や、壷の恰好、香炉の意匠などにも気を配り、趣向を変えている様子などが描かれています。
〔二月の十日、紅梅盛りのころ・・・〕
・源氏は帝の秘法といわれる二つの合わせ方で熱心に薫香を作る。
・紫の上は八条の式部卿の宮の秘伝の法で三種、香を作る。中でも梅花香ははなやかで若々しい。
・夏の御方は花散里は内気な方なので、荷葉香(かようこう)を一種だけ作って来た。
・冬の御方の明石の君は百歩(はくぶ)の処方などを参考として作った。
・前斎院からは 沈の箱に瑠璃の香壷を二つ『黒方香』は心憎い静かな趣。
【風流人として名高い兵部卿宮が「薫物合せの判者」になって・・・判定をする場面が描かれています】
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真木柱」巻では、鬚黒の妻が、夫が玉鬘のもとへ出掛けるための用意として、御香炉を取り寄せて香をたきしめさせている場面。「鈴虫」巻では、女三宮の女房たちが"火取りどもあまたして、煙たきまで扇ぎ散らせば・・・空薫物は煙がたちこめているのは、感心しない。と源氏が教え諭す場面もありました。
又、手紙などにたきしめた例は数多各巻にみられます。
文など書きて、よき唐の色紙のかうばしき香につめつつ「をかしう書きたる」と思ひたる…大夫監から玉鬘への恋文や、唐の縹の紙の、いとなつかしう、しみ、ふかうにほへるを、いと細く、小さく結びたるあり。…柏木から玉鬘への恋文。御手にて、紙の香など、例の世づかぬまで、染みたり。…薫から浮舟への手紙などなどなど。
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『源氏物語』は平安朝の貴族が理想とした生活・風俗の極限の美を描き出しています。登場人物の多くは容貌・容姿・衣服等の美しさが細かに描写し人物の心性の美を際立たせながら邸宅・部屋の調度類の美を調和させています。




空薫物についても「香りの理想は、それとなくほのかに漂うべきものと、繊細な書き方で平安人の美意識を描写させています。加えて四季の自然の美も当時の貴族たち一般の鋭敏な美的感覚によって描き尽くされています。平安時代、手紙や和歌を一首書く紙の色、たきしめた香りに至るまで、趣味の良さが追求されている。日常生活が文化性そのものの時代でありました。

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洗練された感覚と教養がシビアに競い合い、貴族の美を追求する暮らしの中で「香り」は、追い風に乗って遠くまで香り、その時々の情趣を見事に演出しています。現代の日本人の生活の中にも長い歴史を辿りお茶と並び薫りの魅力が生き続けています。





「唐物」大陸からの舶来品には、沈(じん)麝香(じゃこう)丁子(ちょうじ)白檀(びゃくだん)紫檀(したん)蘇芳(すおう)……これらの唐物が、登場人物に効果的に使われている。なんとも、紫式部という人は、薫物にも実に詳しく、女君の個性にあわせて表現したり、舞楽あり、雅楽あり、書跡あり、漢詩に通じ、故事・歴史に強く博学は驚くばかりです。

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黒方・沈、丁字、白檀、甲香、麝香、薫陸・・・・・・・・・・・ 冬
 侍従・沈、丁字、甲香、甘松、熟鬱金・・・・・・・・・・・・・・秋
 梅花・沈、占唐、甲香、甘松、白檀、丁字、麝香、薫陸・・・・・・……春
 荷葉・甘松、沈、甲香、白檀、熟鬱金、麝香、丁字、安息、かく香・…………夏

 薫衣香・沈、丁字、鬱金、甘松、白檀、香附子、麝香
 承和百歩香・甲香、蘇合、占唐、白檀、零陵、かく香、甘松花、乳頭香、白膠、麝香、鬱金、


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栴檀の実です。


















【簡単に物語】
はからずも垣間見た浮舟に大君の面影を感じた薫。弁を通じて浮舟の母「中将の君」に意向を伝えますが、薫に憧れながらも、あまりの身分のちがいに思い悩みます。中将の君は、娘の浮舟を連れて「常陸の介」と再婚していますが、娘には八の宮とのような不幸な轍を踏ませたくないと考え、結局身分相応の左近少将を婿に選びます。

浮舟の継父常陸の介は、莫大な財産家ですが、成り上がり者ふうの教養の低さは、貴族的な感覚を持つ中将の君には不釣合いでしたが、その財力を目当てに求婚者も多く、その中で特に熱心だった左近少将を身分相応と考え婿にえらんだのです。しかし、結婚の日も迫りつつある時、左近少将は浮舟が常陸の介の実子でないと知り、財力のある常陸の介の実子の婿になりたいと浮舟の妹にあたる常陸の介の実の娘に急遽乗り換えてしまいます。 ( このような打算的で身勝手な男、現代でもいますよね~。許せません)
中将の君は、常陸の介との間に幾人かの子をなしましたが、教養ある浮舟を溺愛しています。この不運を嘆く母は彼女を異母妹の中の君のもとに預けることにしました。中の君の邸で中将の君は、匂宮の優雅な容姿の立派さに感動し、さらに匂宮が出掛けた後、やってきた薫を見て、その容姿の見事さに目が釘づけにされてしまいます。そして、浮舟をこのような人に嫁がせて、左近少将などを見返してやりたい・・・と思うのです。

中の君に浮舟の世話を頼んで帰ったあと、匂宮が浮舟を見出して中の君の異母妹とも知らずに強引に言い寄りますが、急に京からお呼びがかかって帰ることになり、その場は事無きをえます。事情を聞いて慌てた中将の君は、浮舟を引取って三条の小家に移してしまいます。

秋も深まり、御堂も出来上がったので、薫は宇治を訪れます。そして、浮舟への思いをかきたてられ、弁に仲立ちを頼み、、雨の夜自ら三条の隠れ家を訪れ、まだ明けきらぬ翌朝、浮舟を牛車に乗せて宇治に連れ出します。薫が浮舟を宇治に連れ出しながらも、その心の内には、亡き大君へのやり場のない想いがたえず漂い悲しみを噛みしめるが、どうしようもありません。
◎大君の身代わり浮舟に亡き人の思いを馳せる薫。しかし、初めて会ったばかり二人の心は、すでに何処か!ちぐはぐに噛み合わない。さてさて先行きは?どうなっていくのでしょう・・・か?。

【巻名の由来】 薫が、三条の隠れ家の浮舟と逢う場面から
文中)「さしとむる葎やしげき 東屋のあまりほど降る雨そそきかな」
意)「戸口を閉ざすほど葎が茂っているためか 東屋であまりに待たされ雨に濡れることよ」と露を払っていらっしゃる、と言う文章から巻名になったようです。
by hime-teru | 2009-06-03 15:10 | 源氏物語(巻51~巻54) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語文中の花】 巻53  『 手習の巻 』 芥子 (2) 雛罌粟(ひなげし)

         ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻53  『 手習の巻 』  芥子(2)ー雛罌粟・ひなげし …★
【芥子の近縁種→ 雛罌粟 (ひなげし)】
◆ヨーロッパ原産。江戸時代に渡来。花弁は非常に薄くしわがある。
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つぼみは最初は下向きで表面に毛が生えており咲くときに顔をもたげ2つに割れて花が開く。
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蕾がはじけて顔を出す花の色、その瞬間の感動、開花のプロセスは不思議で神秘的です。
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日本に咲くポピー(雛罌粟)からは、採取が禁止されている「アヘン」は取れません。あくまでも観賞用です
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◆別名、『虞美人草・グビジンソウ』 ヒナゲシの漢字名。中国、楚国(そのくに)の項羽(こうう)の寵姫(ちようき)である虞(ぐ)が殉死したのち、その塚に生えた草の姿を美人に見立てて名がついたという。
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◆さてさて、パンの表面にパラパラと載せてある細かい粒。これもケシの実です。ケシの実はアンパンやケーキなどでお馴染みですが、このケシの実は阿片が取れる正真正銘のケシから取れる実なのです。だからといって心配には及びません。
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阿片はケシの種ができる過程で採れる乳液状の液体で、その中に含まれるアルカロイドに麻薬作用がありますが種自体は無害です。従って、この乳液上の液体はケシの実ができるころには無害となっています。
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◆ケシの実は輸入食材ですが(日本では許可無く栽培できない)加熱処理され芽が出ないようになっています。
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◆文化史として、新石器時代のスイスの湖上住居遺跡から、食用にされたらしいケシの一種セティゲルムPの果実と種子が出土。ギリシア時代には、すでに果実の催眠性が知られていたようです。
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◆ケシ科には青いケシで知られるメコノプシス「ケシに似た」属とアヘンをとるケシ属と園芸植物のハナビシソウ属など美花をつけるものなどがある。
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◆日本ではケシの栽培はあへん法で禁止されています(アヘンは白花をつける1品種でアヘンケシの未熟な果実に傷をつけて集めた乳液からつくられる)
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◆ケシといっても阿片が取れる品種は限定されており、園芸種のアイスランドポピーやヒナゲシ、オニゲシからは阿片が採取できません。採取できるのは、莢(さや)が大きくなる一部の品種のみです。園芸種は大丈夫ですので安心して栽培出来ます。
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【余談】になりますが、芥子によって1942年のアヘン戦争が起こり中国から切りはなされた香港、イギリス領になった事は歴史の教科書で習い1997年になってイギリスから返還され独立した香港は金融や流通の要所、超高層ビルが立ち並ぶ近代的な街並みになっている。
たかが植物、されど植物。植物が国政を変えるとは・・・?。
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by hime-teru | 2007-11-23 23:31 | 源氏物語(巻51~巻54) | Trackback | Comments(2)

【 源氏物語文中の花 】  巻53  『手習の巻』  芥子(1)ー花菱草

          ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻53  『手習の巻』  芥子(1)花菱草 …★
                 撮影はH19年5月撮影、足利フラワーパークにて
ケシの名は「芥子(かいし)」から由来したが、中国の本来の芥子はカラシナの種子である。日本には平安時代にもたらされ、ケシの種子を焚(た)いてその香りを衣服に移したことや加持祈祷で護摩を焚いたことなど『源氏物語』に載る。江戸時代には観賞以外に若葉を野菜として、また種子を炒(い)って食用にしたようです。
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手習の巻
比叡山の横川というところに、大変徳の高い僧都の母が妹の尼と初瀬詣でをした帰途、正気もなく泣いている若い女を見つけ娘の身代わりとして長谷観音から授かったものに違いないと、手厚く看護して小野の里に連れ帰ります。この女こそ宇治で失踪した浮舟なのですが・・。
この巻に僧都が加持祈祷する場面に「芥子」の名が出てまいります。
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写真は栽培が禁止の芥子のアップは出来ませんが、近縁の芥子科の可愛らしい花の撮影がありますのでここで花菱草・雛罌粟を分けてアップしていきます。
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文中)夢語りもし出でて、初めより祈らせし阿闍梨にも、忍びやかに 芥子焼くことせさせたまふ。
)初瀬で見た夢の話もし出しては、最初から祈祷させた阿闍梨にも、こっそりと芥子を焼くことをおさせになる。

長谷寺で見た夢の話。妹尼がなぜこんなに大切に世話をするのか理由が人々に明かされる。芥子焼くこと←「密教の修法で護摩を焚くこと。その火で一切の悪業を焼き滅ぼすという」と注す。
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ケシは大麻が取れる麻と共に麻薬取締法によって栽培が禁止されている。(毒性のない物は除いて)密教(真言宗)ではケシが人間の神経を麻痺させる効力があることを利用して護摩を焚くさいに用いたことが文章から理解される。
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花菱草・ハナビシソウ
カリフォルニア原産のケシ科の植物。英名はカリフォルニア・ポピー。
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カリフォルニア州の州花。葉っぱはこまかく切れ込む。春から初夏の頃、黄色またはだいだい色ピンクなどの大型のきれいな4弁花が咲く。
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花びらはめくれ上がることが多く 日に当たるとひらき陰ると閉じてしまう。
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和名は、花の形が花菱紋(4枚の花弁を 菱形にした紋所)に似ているところから名付けられました。
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by hime-teru | 2007-11-23 00:30 | 源氏物語(巻51~巻54) | Trackback | Comments(0)

源氏物語文中の花  巻53 手習  『 桔梗 (キキョウ)』

※我が家に慶事が続き、しばらく更新をお休みしておりました。11月半ば頃まで落ち着きませんが、又、皆様の応援を糧に頑張って写真を撮り続けて行きたい所存です。今後とも、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
   ☆……………………………………………………………………☆
               ★… 【源氏物語文中の花 】 巻53 手習  『桔梗・キキョウ』  …★
                     撮影はH、18,8,2 白馬五竜にて
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★「手習の巻」文中記述文心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人びとは、ものきよげにをかしうしなして、 垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花、桔梗など咲き始めたるに・・・・
意)心細い住まいの所在なさであるが、住み馴れた人びとは、どことなくこぎれいに興趣深くして、垣根に植えた撫子が美しく、女郎花や、桔梗などが咲き初めたところに・・・・・
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『万葉集』に出てくる『芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝貌(桔梗)の花』…山上憶良
萩の花、尾花(をばな)、葛花(くずはな)、なでしこの花、をみなへし、また藤袴(ふぢはかま)、朝顔・朝貌(桔梗) の花。朝貌はいくつかの説があり、キキョウ、ムクゲ、ヒルガオとする説があります。
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朝貌は桔梗とする説が定説になっておりますが・・・・
源氏物語中にはアサガオとキキョウがはっきり区別されて登場しています。しかし、「ききょう」は、この手習いの文章に1カ所のみ記述されているだけです。
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平安朝の庭園の「感」を表現した京都の「廬山寺」紫式部が源氏物語を執筆した邸宅跡は白砂と苔と桔梗の庭がありました。(先にアップ済み)源氏物語に出てくる朝顔の花は今の桔梗のことのようです。紫式部に因み紫の桔梗が静かに花開きます。私が訪ねましたときは若芽が出始めていた時でした。
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桔梗はキキョウ科キキョウ属の多年草で全国の山野の草地に自生し秋の七草(萩、薄、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗)の一つとして古くから親しまれてきました。
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日本の歴史上に桔梗が初めて登場するのは西暦901年頃で、その後「古今和歌集」「枕草子」「源氏物語」にも登場してきます。桔梗は高さ30㌢から1㍍で、地下にある太い魂根にはキキョウサポニンが含まれ、皮をはいでさらしたものを晒桔梗といって漢方になる。
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7月から9月頃、茎の上部に先の五裂した数花ないし10数花の青紫色の美しい花を咲かせる。園芸品種には白花、淡青色花、桃色花や二重咲きがある。
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by hime-teru | 2006-10-31 22:50 | 源氏物語(巻51~巻54) | Trackback | Comments(2)

【源氏物語巻名】 巻52 蜻蛉  『 トンボ』 巻52 蜻蛉

                ★… 【 源氏物語名 】 巻52 蜻蛉 『トンボ 』…★
                      撮影は H18,6,29  日光植物園
【巻52 蜻蛉の巻】
★ありと見て手にはとられず見ればまたゆくへもしらず消えしかげろふ   … 薫君
意)目の前にいると見て手に取ることはできず次に見た時には行方も知れずに消え失せた蜻蛉よ。

宇治の姫君たちとの苦しい恋を思い続けてきた夕暮、蜻蛉が、はかなげに飛び交うのを見て薫が詠んだ歌。

★ありと見て・・・・と、薫君がひとり口ずさむ、この歌から『蜻蛉の巻名』が生またようです。

この巻は早世した大君や失踪し自殺したと思われていた浮舟を蜻蛉に投影している。生真面目な薫は己が宿世を物思いの果てに、最愛の大君の形代を求めて中の君から浮舟へと宇治の姫君達を彷徨う巻です。
 
【日光植物園(クガイ草と遊ぶトンボ)】
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【簡単に物語】
浮舟が匂宮と薫の双方からの文に心が揺れる所から始まります。情熱家の匂宮と、落ち着いた人柄の薫君、対照的な人物が登場します。浮舟の気持ちも知らずに母や乳母は京の薫のもとに引取られる準備に余念がありません。薫が京に浮舟を迎えようとしている事を知った匂宮も京に浮舟を移すべく準備を始めます。何も知らぬ母中将の君は京の薫に引取られる娘の幸せを喜んでいます。

【我が家のカサブランカの蕾に訪問】
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浮舟の上京の日を薫は四月七日、匂宮は三月末とそれぞれに定め二人は宇治に使いを送ります。
薫が送った使者がたまたま匂宮の使者に気づき怪しんで後をつけた事から匂宮と浮舟との関係を薫の知るところとなります。薫は配下に宇治の邸の警護を厳しく致します。訪れた匂宮は空しく帰京していきます。
【一休みの赤とんぼ】
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薫から不倫をとがめる手紙が浮舟に届き、許されるはずもないわが身の振舞いに、浮舟は恐れおののき、宇治川の荒々しい流れの音を聞きながら吸い込まれるように、世の物笑いになるよりはとを決意します。しかし、入水を試みるが横川僧都に助けられてしまいます。その後は出家する。
【タイミング良く・・・】
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浮舟は薫への義理と匂宮の情熱と二人の貴公子の板挟みになり入水という手段を選んだのです。思いあまっての決断だったのかも知れません。浮舟の姿が見えない宇治の山荘は大騒ぎとなり内情を知る女房達は浮舟が宇治川に身を投げたのではと惑う。かけつけた浮舟の母中将の君は驚き悲しむ。世間体を繕うために、遺骸もないままにその夜のうちに葬儀を営む。石山寺に参籠していた薫は、野辺送りの後に初めて事を知り、匂宮との過ちを確信し浮舟を宇治に放置していたことを後悔して悲しみに暮れる。一方、匂宮は悲しみのあまり病と称して籠ってしまいます。
【クガイソウ】です
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薫君は浮舟の四十九日の法要を宇治山の寺で盛大に営み、宇治の姫君たちが忘れられず夕暮れに儚げに飛び交うカゲロウをながめながら大君・中の君・浮舟を追想するのでした。
by hime-teru | 2006-07-14 23:12 | 源氏物語(巻51~巻54) | Trackback | Comments(2)