カテゴリ:源氏物語(巻21~巻30)( 18 )

【源氏物語巻名の花】  巻30 『藤袴』   藤袴 

            ★… 【 源氏物語巻名の花 】  巻30   『藤袴』   藤袴・フジバカマ …★
                           撮影は H20,9 実家にて
藤袴の物語は玉鬘の懊悩から始まります。
玉鬘は望み通り父とも対面し今後の身の振り方も決まったものの、悩みは尽きず尚侍として入内すれば宮中で姉の弘徽殿女御や源氏の娘分の秋好中宮との関係を思うと・・・苦労の絶えない日々を送ることになるのではと決心がつかず、養父の源氏や実父の内大臣に心置きなく相談もできずに悩んでいます。
e0039703_21561235.jpg

一方、玉鬘と兄妹ではないと知った夕霧は彼女に心を動かします。ある日、源氏の使者として玉鬘を訪れた夕霧は持ってきた蘭の花に託して我が想いを切々と訴えます。
◆かかるついでに、蘭の花のたいそう美しいのを持って御簾の端から差し入れて「この花も御覧になるわけのあるものです・・・」と。
蘭(ふじばかま) ※(巻名の藤袴は、この蘭の名をとったもの)
e0039703_21232899.jpg

同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも …… 夕霧
意)あなたと同じ野の露に濡れて萎れている藤袴です やさしい言葉をかけて下さい、ほんの申し訳にでも 同じ縁に繋がる私の恋を少しでもあわれと思っていただきたいのです。
「藤袴」は、「藤衣」(喪服)の意をひびかすとともに、ゆかりの色(藤-薄紫)の意を表す

尋ぬるにはるけき野辺の露ならば薄紫やかことならまし …… 玉鬘の返歌
意)尋ねてみて遥かに遠い野辺の露だったならば 薄紫のご縁とは言いがかりでしょう
「野」「露」「かこと」の語句を用い、「藤袴」はその色「薄紫」を用いて、「かことならまし」と切り返す。
e0039703_2125344.jpg


【藤袴・フジバカマ】
キク科の多年草。茎は直立し、大きいものは2メートルに達する。葉は対生し下部のものは三裂し裏面に腺点がない。8~10月、茎上部に散房状花序をつくり、頭花を多数つける。頭花は普通、淡紫色の管状花5個からなる。古く中国から帰化したという説もあるが、中国から日本に分布する自然野草の1種とする考えもある。秋の七草の一つとしてよく知られるが、最近では女郎花同様あまり見かけなくなりました。一つにはフジバカマが生育するような平地の自然草地が開発によってほとんど姿を消してしまったからでしょうね。
薬用としては、利尿、通経、黄疸(おうだん)などに用いる。
e0039703_21295118.jpg


参考
中国では古くは蘭(らん)とよばれ、紀元前にその名はみえる。蘭は現在ラン科の植物に使われるが、『楚辞(そじ)』には「蘭草大都似沢菊」蘭草はだいたい沢菊に似るの記述があり、キク科であることがはっきりわかる。それが現在のランと同名で呼ばれたのは、ともに芳香を有するからのようです。区別する場合はフジバカマに蘭草、ランに蘭花をあてている。

蘭の花を孔子は「蘭当為王者香」と表現した。日本には上代に渡来したと推定され、『日本書紀』の允恭天皇紀に皇后の忍坂大中姫命(おしさかのおおなかひめのみこと)からブユを追い払う鞭にと庭の蘭をむりやりもらう、闘鶏(つげの)国造の話に載る。
山上憶良は『万葉集』でフジバカマを秋の野の七種の花の一つにあげているので当時すでに野に逸出していたことがわかる。
名は藤袴の意で筒状の花を袴に見立て藤色とあわせてつけられた。
e0039703_21312324.jpg

『源氏物語』の中の藤袴は「匂宮の巻」で、薫や匂宮の体や衣服の薫香の表現に用いられ、「藤袴の巻」では喪服の「藤衣」を意味する歌として詠まれて巻名にもなり、自然の花としてよりも、人事的な意味で用いられていることは和歌の場合と同様である。
e0039703_21314490.jpg

※藤袴の異名を「蘭(らに)」「紫蘭(しらに)」といい、『拾遺集』『源氏物語』『平家物語』『古今六帖』に「らに(蘭)」と記されている。 

        ○ …………………………………………………………… 

【簡単に物語】
光源氏の太政大臣時代(37歳)秋8月から9月、念願であった父との対面を果たした玉鬘。出生の真相を知った夕霧と柏木はとまどいます。裳着の式も終わり、内大臣の姫君として世間からも認知された玉鬘の姫君でしたが、実の父ではない源氏が以前より馴れ馴れしく玉鬘の傍近くに近づくようになったり、実の父君である内大臣は、玉鬘をご自分のお邸にお迎えになる様子もお見せにならないので、鬱陶しい毎日をお過ごしになっておいででした。

内大臣は源氏の性格を周知されていましたから、突然、自分は玉鬘の婿だと宣言なさるかもしれない源氏に遠慮して動くことが出来なかったというわけです。実父も養父もあてにはならない、諦めにも似た気持ちで過ごしている玉鬘でした。

そうしているうちに夕霧と玉鬘のお祖母さま(三条の大宮)がお亡くなりになりました。お二人は揃って喪に服され、今は姉弟ではない間柄ですが、今さら、よそよそしくするのも・・・ということもあって昔どおりの親密なお付き合いをしていらっしゃいます。
ところが、夕霧は玉鬘のお部屋を訪問する度に自分の恋心を打ち明けることが多くなり、野分の折に玉鬘の容姿を盗み見してしまうのです。遅かれ早かれ父の源氏の君の妻になるであろうと思うと玉鬘が惜しくてならないのです!。

10月になって源氏は玉鬘の出仕を決めるのです。(傍に置いておきたかったからでしょう)裳が明けてから冷泉帝に入内が決まる。玉鬘が入内されてしまったらどうにもならないとばかり、隙をみて姫君を自分の妻にしたいと求婚者達は手づるを求めて水面下で工作をしていますが・・・。

内大臣(実父)のところには、玉鬘との結婚を許して欲しいと髭黒の大将が度々お願いをしに参ります。この人は内大臣に次ぐ地位にあり帝からの信任も厚い方でしたから、内大臣は玉鬘の婿に不足はないとの考えをお持ちでした。
しかし、髭黒大将には北の方が既においでになります。紫の上の腹違いの姉君にあたる女性ですが、ご夫婦の相性が悪いうえにご病気持ちで大将は大分前から離婚を考えており玉鬘の姫と結婚出来たら現在の北の方を離縁し、玉鬘を北の方に・・・。と思っています。
源氏の君は髭黒の大将には正妻があることや大将と親しくないこともあり、この縁談には乗り気ではありません。

源氏物語の発端以来、左大臣家(源氏)と右大臣家(藤氏)の対立をふまえ、女性達の個性が典型化して描かれている中で玉鬘は血統的に言えば(藤氏)方ですが、源氏に育てられて、源氏方の性格を持っているため、髭黒の大将に嫁ぐことは気が進まぬようです。
髭黒の大将は源氏の風流貴公子型ではなく、実務処理や政には秀でた男性的な人でしたから。しかし、皮肉なことに最後には、さらわれるように髭黒の大将の妻におさまります。
by hime-teru | 2008-09-29 21:37 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(4)

【源氏物語巻名の花】  巻26 『常夏』  撫子(常夏)

            ★… 【 源氏物語巻名の花 】  巻26  『 常夏 』  撫子(常夏) …★
                                撮影は H,20、我が家にて
『源氏物語』では常夏」を妻や愛人撫子」を幼児の象徴として、使い分けして用いてたようです。季題は「石竹」「常夏」が夏、「撫子」が秋。
e0039703_23433038.jpg

この巻は養父(源氏)と養女(玉鬘)の禁忌の恋物語から始まります。
☆ 御前に乱れがはしき前栽なども植ゑさせたまはず撫子の色をととのへたる、 唐の、大和の、籬いとなつかしく結ひなして咲き乱れたる夕ばえ、いみじく見ゆ。
 意)お庭先には雑多な前栽などは植えさせなさらず、撫子の花を美しく整えた唐撫子、大和撫子の垣をたいそう優しい感じに造ってあり、その咲き乱れている夕映え、たいそう美しく見える。
e0039703_23442150.jpg

撫子を飽かでも、この人びとの立ち去りぬるかな。
意)撫子(玉鬘)を十分に鑑賞もせずに、あの人たちは立ち去ってしまったな。
e0039703_23454636.jpg

★撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人や尋ねむ … 源氏から玉鬘
  意) 撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな。
「とこなつかしき」と「常夏」(撫子の別名)の掛詞。「もとの垣根」は母夕顔をさす。
  
★ 山賤の垣ほに生ひし撫子の もとの根ざしを誰れか尋ねむ … 玉鬘の返歌。
 意) 山家の賤しい垣根に生えた撫子のようなわたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか?
e0039703_23491146.jpg


★【撫子
ナデシコ科の多年草であるカワラナデシコ、タカネナデシコなど、自生するナデシコ属植物の一般名。また、カーネーションを除くナデシコ属の園芸植物の総称名でもあり、セキチク、トコナツ、イセナデシコ、アメリカナデシコ(ビジョナデシコ)などを一般にナデシコとよぶことが多い。河原撫子は少女の巻でもアップ済みですが・・・。
e0039703_2351827.jpg

ナデシコ属は北半球を中心に世界に約300種分布する。多年生の草本が多い。花弁は桃色で先は細かく切れ込むものが多い。日本には4種分布する夏から秋にかけて花を開くカワラナデシコとその基本種エゾカワラナデシコは古くから親しまれ秋の七草の一つに数えられている
e0039703_2352789.jpg

中国ではセキチクとエゾカワラナデシコを瞿麦と称し、地上部を利尿剤に根を抗腫瘍薬として用いるといわれる。日本のカワラナデシコとセキチクの区別ははっきりされていない。
平安時代、清少納言、紫式部、和泉式部はいずれもカラナデシコ(セキチク)と、ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)を見分けていた。ナデシコの栽培品種が分化するのは江戸時代。
e0039703_23523945.jpg


【簡単に物語】
この巻は源氏と内大臣の意地のはりあいの場面です。普段の私生活でも張り合っています。
夕顔の娘(玉鬘)を養女にした源氏は玉鬘に多くの懸想文(けそうぶみ=今でいうラブレター)が届くようになりますと、源氏自身しだいに手放すには余りにも惜しい想いにかられるようになります。「熱心に口説いたならば、いくら人目が多くても差し障りはあるまい!」と、なんと呆れた養父源氏。世にも珍しく厄介な養父と養女の仲なのである。

しかし、源氏は玉鬘への想いはつのるばかりだが、紫の上と同じ扱いは出来ないという分別は持ち合わせており、蛍兵部卿宮か髭黒大将に託すのが本人の幸せ?と思いながらも玉鬘への未練を絶つことが出来ず未練とあきらめの間をゆれています。(※この時点では内大臣は玉鬘が自分の娘である事を知りません)

一方、ライバルの内大臣は玉鬘の評判を聞いて快く思ってはいません。しかし、娘雲居の雁のことは苦慮しながらも今となっては夕霧を許してもよいと思ったりもしますが・・・。(親の仲違いで結婚できずにいる夕霧と雲居の雁)源氏の養女の話に対抗して昔ある女性に生ませた娘(近江君)探し当て引き取っていました。

近江君は早口でおしゃべり娘、”ごりっぱなお父様だこと、あんな方の種なんだのに、ずいぶん小さい家で育ったものだ私は”極めて下層の家で育てられたゆえ、ものの言い方を知らないのである。ある日のこと姫は五節という生意気な若い女房と双六(すごろく)を打っていた。姫君の容貌は、ちょっと人好きのする愛嬌のある顔で髪もきれいであるが、額の狭いのと頓狂(とんきょう)な声とに損なわれている女性である。美人ではないが鏡でみる自身の顔と共通するところがあるのを見て大臣は運に呪われている気がするのです。

何でもない言葉も、ゆっくり落ち着いて言えば、聞き手は奥ゆかしいと聞くであろうし、巧妙でない歌を話に入れて言う時も声づかいを直し初め終わりをよく聞けないほどにして言えば、作の善悪を批判する余裕のないその場では、おもしろいことのようにも受け取られるのである。どうしてこんな欠陥の多い姫を家へ引き取ったのであろう???と嘆く内大臣。そして処遇に苦慮する。

暑い夏の日のこと。源氏は釣殿で涼をとりながら夕霧や内大臣家の若い者たちを相手に、近江の君のことを話題にして皮肉っています。源氏の方は内大臣が夕霧と雲居の雁との結婚を許さないことへの腹いせもあるのです。玉鬘は源氏の口振りから父内大臣と源氏の不和を悟り父との対面がますます困難と自覚しますが・・・・。続きは「篝火」へ
e0039703_2353658.jpg


【ニュース】
昨日の新聞に「あさきゆめみし」の漫画作家の大和和紀さんが「私の好きな近江君」の記事を読み、今の感覚に近い素直さの近江の君をギャルっぽいイメージで描きました。と。なるほど、私がこのブログを立ち上げた時、このような源氏の見方もあるので参考になれば?と我が家のお嫁さんが私の誕生日にプレゼントしてくれた「あさきゆめみし」を改めて読み直しています。

デッサンの素晴らしさ、古典が漫画表現に翻訳された現代風な言葉からでも充分源氏物語の雅の世界が伝わり、私にとりましても貴重な資料であります。庶民の中で育った近江君は無口でいると可愛いのにペラペラと早口で落ち着きなく良くしゃべります。双六に熱中したり、支離滅裂な和歌を作ったり、「便器掃除でも何でもやりま~す」と父、内大臣に言ってしまうような姫、貴族の姫らしからぬ言動は物笑いの種になります。玉鬘とは対照的です。

平安の貴族の生活、華やかで、ずいぶんと微睡っこしい暮らしぶり、つい、つっこみを入れたくなり近江君に代弁させてみたのだそうです。そう言えば現代人が友人知人にメールを書くような、現代の私達の感覚に似たような手紙のやりとりをする現代っ子ぶりが何ともいえず大和さんは微笑ましくお好きなのでしょうね。とてもユニークな解釈でこういう感覚の大和さんって!素敵だと思います。
by hime-teru | 2008-09-05 23:46 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(4)

【源氏物語文中の花】 巻22  『玉鬘の巻』  ミクリ 

  ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻22 『 玉鬘の巻 』  ミクリ・実栗・三稜 …★ 
             撮影は H20,7,31 日光東大植物園にて
この花を探し求めて1年あまり一昨日日光東大植物園で撮影する事が出来ました。
e0039703_21252722.jpg

紫式部は登場人物に、その縁の植物を使っています。玉鬘がユウガオの蔓で夕顔と結びつき、源氏は邂逅(思いがけない巡り会い)に玉鬘に「みくり」の縁を歌に詠む。
e0039703_21282279.jpg

知らずとも尋ねて知らむ三島江に 生ふる三稜の 筋は絶えじを …… 源氏
 意)今はご存知なくともやがて聞けばおわかりになりましょう三島江に生えている三稜のように私と貴女は縁のある関係なのですから。
数ならぬ三稜や何の筋なれば 憂きにしもかく根をとどめけむ …… 姫君(玉鬘)
 意)物の数でもないこの身はどうして三稜のようにこの世に生まれて来たのでしょう。

「三島江」は淀川の自然を代表する歌枕。「三島江に生ふる三稜の」は「筋」に係る序詞。
e0039703_21301745.jpg

品があり感じのいい姫君(玉鬘)を見て源氏は気だての優しい花散里と親しくして暮らすのもいいと思い、五条の右近家に姫君を移して女房を選り整えて衣服の仕度をして十月、玉鬘は六条院へ引き取られる。

恋ひわたる身はそれなれど玉かづら いかなる筋を尋ね来つらむ …… 源氏
 意)恋ひわたる身は同じであるが玉鬘はどのような縁でここに来たのであろうか?と独言を言う源氏。この玉鬘は『万葉集』と同じく恋にからんでいる点は共通するが『万葉集』の玉葛は実らないのに対して、源氏の玉鬘は夕顔が産んだ娘であり夕顔の稔りです。夕顔の娘を玉鬘とするのは偶然のようではあるが・・・紫式部は最初から「すぢ」を通して構成され、古典にヒントを得て物語が展開されています。
源氏物語の文中の女性は”女君とか姫君”と、著され固有名詞は出てきません。源氏の君の交わした歌の中から「玉鬘」の巻に。すなわち、後世にその読者が物語にちなんでつけた名前です。

 〓 ミクリ 〓 絶滅危惧種みくりについて
何故かミクリを専門的に観察・保護する人たちが多くいます。極めて珍しくなってしまったこともありますが、その名がちょっと愛らしさを感じさせるためでしょうか?。
e0039703_2145518.jpg

多年草で水湿(抽水性)植物。本来は日本全土に分布し大きいものでは高さ2m近くにもなります。葉幅は15ミリから5ミリの”ヒメミクリ”のものまで、ミクリ属は約10種ありますが、殆どの種がレッドデータブックに記載されています。減少の原因は河川開発、水質汚濁,農薬汚染などが考えられます
e0039703_21494593.jpg

地下茎を延ばし、しばしば群生します。葉はショウブやガマの葉に良くにていますが表面は平坦で裏面にのみ稜があります。夏になると茎の基部から花茎が伸び、分枝した枝の下部に雌性頭花、上部に雄性頭花をつけます。
小さいながらもその果実が栗に似ていることからこの名があります。ミクリ・ヤマトミクリ・ナガエミクリ・ヒメミクリ・オオミクリなどありますが…写真は『ナガエミクリ』です。
e0039703_2141320.jpg

簡単に物語
『源氏物語』に引用された古典は、むろん漢書だけではありません。日本の古歌や物語りも数多く織り込まれています。単なる引歌や引詩にとどまらず、ストーリーの展開も古典にヒントを得て書かれています。「夕顔の巻」は『源氏物語』の最も有名な巻の一つ。夕顔はその花のように、はかなく短い命を終えてしまいますが、夕顔には玉鬘という娘が残されておりました。その玉鬘を源氏が養女とする物語です。

この巻の物語は、夕顔の忘れ形見、玉鬘のサクセスストーリー(出世物語)となっています。この後の、巻23「初音」の新春から「胡蝶」の三月まで、物語の花が開くように「玉鬘物語」が展開していきます。「胡蝶」の後半から源氏を巡る女君として六条院の新たなヒロインとなっていきます。

【森のアネモネ樣】の素晴らしい「源氏物語サイト」のご紹介です。
 【森のアネモネ樣サイト】
by hime-teru | 2008-08-01 21:35 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(2)

【源氏物語文中の花】  巻24 『 胡蝶・こちょう 』   山吹・ヤマブキ

            ★… 【【源氏物語文中の花】 巻24 『 胡蝶・こちょう 』  山吹・ヤマブキ …★
◎源氏物語【六条院の春の町】は2007-06-20 にアップ済み『カテゴリ→源氏物語花考察→2007-06』クリックしてご覧頂けましたら幸いです。

大覚寺『大沢の池』周囲約1km、日本最古の人工の林泉。嵯峨天皇が離宮嵯峨院の造営にあたって中国の洞庭湖を模して造られたところから『庭湖』とも呼ばれる。今でも毎年9月「観月祭」あります。4年ほど前にお茶会をかねて出かけたのですが、あいにく大雨に見舞われてしまいました。
この池での「観月祭」は9世紀初め嵯峨天皇が大沢池に船を浮かべて文化人と共に遊ばれたことが始まりだと言われています。期間中は古式にのっとり大陸風の龍頭船、鷁首船を浮べ、お茶席が設けられ琴を奏で平安の王朝絵巻さながらに優雅なひとときが繰り広げられます。大覚寺『大沢の池』は源氏に出て参ります【舟楽の宴】を彷彿させてくれます。
e0039703_18513522.jpg

六条の院の南町、紫の上の御殿では春の庭が今が盛りです。源氏は新造の竜頭鷁首の船が出来てきたので、早速、船楽を。三月に紫上の御殿では盛大に舟楽の宴が催されます。折から、秋好む中宮は六条の院の西南の町に里下がりをしていましたので、源氏は中宮方の女房を船に乗せ池を巡って春の庭に招待しました。人々は仙境(せんきょう=桃源郷)に来た思いで、それぞれに礼賛の歌を歌い交わします。
e0039703_18522759.jpg

この巻は紫上と秋好中宮は、春と秋どちらが優れているかを競って楽しむ巻です。
柏木や蛍宮など玉鬘にあこがれる貴公子が多い中、光源氏は養父であるにもかかわらず美しい玉鬘にひかれる心を抑えきれず、雨上がりの夕べ、ついに恋心を伝えてしまうのですが…。

文中は引用詩歌が多いのですが、「胡蝶」の巻きは、とりわけ漢詩文が多用されています。
『高堂 虚しくして且(また)廻(はるか)なり座臥(ざが)して南山を見る廊を纏(めぐ)れる紫藤(しとう)の架(まがき)砌(みぎり)を夾(さしはさ)める紅葉の欄』〓『白氏文集』巻二風諭 秦中吟「傷宅」の一説他に「蓬莱山」に関して『白氏文集』から「海漫々」が引用されています。
また「仙境」については、陶淵明(とうえんめい)の『桃花源記(とうかげんき)』喩えとして「爛柯(らんか)」の故事がみられます。
e0039703_18544535.jpg

紫の上は鳥と蝶に扮した童(舞人)を船に乗せて、桜、山吹の花を金銀の瓶にいけて献上させました。
「花園の胡蝶をさへや下草に 秋まつむしは うとく見るらむ」 … 紫上
(秋を待つあなたは、花園に舞う胡蝶までもつまらないものと御覧になるのでしょうか)
「まつ」に「待つ」と「松虫」の「松」を掛けており、「秋まつむし」は秋好む中宮を指しています。
【返歌】
「胡蝶にも 誘はれなまし 心ありて 八重山吹を 隔てざりせば」 … 秋好む中宮
(可愛い胡蝶の舞人が帰っていくのに、ついて行きたい思いです。そちらで、わざと幾重にも隔てをお作りにならなければ)
子供じみた歌のようでもあり優雅なやりとりです。歌あり、踊りあり、語りがあって演劇的な構成になっており、「歌舞伎」の源流をみる思いが致します。
                 ★… 【 山吹・やまぶき 】 …★
バラ科の落葉低木。地下茎で繁殖し大群落をつくることがある。茎は叢生し、高さ1~3ートルに達する。若い枝は緑色。葉は互生し単葉で卵形、先端はとがり縁に鋸歯、托葉は線形。3~6月、旧枝から出た短い枝の先に黄色で径3~4センチの5弁花を1個開く。雄しべは多数、雌しべは普通5本。果実は痩果。山地に生え、日本および中国に分布する。八重咲きになる品種をヤエヤマブキといい果実がはきない。その他、キクの花のような花形のキクザキヤマブキ、黄色を帯びた白色のシロバナヤマブキなど多くの品種がある。
e0039703_18562598.jpg

ヤマブキの開花日は、九州南部が3月下旬、東京は4月下旬、北海道北部では6月上旬である。ヤマブキ属はヤマブキ一種からなり中国では薬用とする。
e0039703_1858185.jpg

はっきりと八重ヤマブキの名がみえるのは『源氏物語』の巻28「野分」である。今回は六条院で紫の上の春の町を彩る景物の一つとして巻24「胡蝶」を取り上げました。華やかな舞楽の場面の光景を形成し玉鬘の容姿によそえられる。
e0039703_18592851.jpg

〓山吹〓は・・・・。
☆『万葉集』では17首中12首が恋の花として詠まれ、いとしい人のおもかげが重ねられている。
「かくしあらば何か植ゑけむ山吹の止(や)む時もなく恋ふらく思へば」(巻10)
「山吹のにほへる妹(いも)がはねず色の赤裳(あかも)の姿夢に見えつつ」(巻11)
同音反復で「止む」に美しいという意味的に「にほふ」にかかる枕詞として用いられる。
「妹に似る草と見しよりわが標(し)めし野辺(のへ)の山吹誰(たれ)か手折(たお)りし」(巻19)。
庭への移植も恋が絡む。
「山吹をやどに植ゑては見るごとに思ひは止まず恋こそ増され」(巻10)
「花咲きて実は成らずとも長き日(け)に思ほゆるかも山吹の花」と、ヤマブキが実らないことが描写されているので、当時すでに結実しない八重咲きが存在したと考えられる。
☆江戸城を築いた太田道灌の故事で知られる、乙女が実のないことと蓑をかけた「七重八重花は咲けども山吹のみの一つだに無きぞ悲しき」の歌は有名ですね。
☆『枕草子』には「草の花は」の段に「八重(やへ)山吹」、「大きにてよきもの」の段に「山吹の花」とある。
☆『徒然草』の「折節の移り変はり」の段に「清げ」な花としてみえ「家にありたき草木」の段にもあげられている。
☆『花月草紙』には、常夏(撫子)とともに晩春に他の花に遅れて咲く「執念き深き花」とされている。季題は春。
e0039703_1902782.jpg

◆中国では唐の時代から観賞されていた。春の花として、蛙や鶯と配合されたり、恋の歌にも
思慕する女性の比喩に用いられたりして詠まれる。
e0039703_1912285.jpg

簡単に物語のあらすじ
春爛漫の六条院。源氏の玉鬘への恋慕。晩春三月の六条院のすばらしい庭園が舞台です。『源氏物語』には「藤裏葉」冷泉帝、朱雀院の「六條院行幸」の場面にて山吹の花を持った殿上の童たちが華麗に「胡蝶の舞」を舞う場面やこの巻「胡蝶」にて中宮の法会にて鳥や胡蝶に扮した童女たちが花を奉り閼伽棚に供える場面がでてまいります。

源氏は、ゆく春を惜しんで池に船を浮かべ雅やかな船楽の遊びを行いました。折りから秋好中宮が里帰りしていたので、その女房たちも船に乗って春の町を訪れこれを見物し夜を徹して遊びは華やかに続けられました。

若者達の中には、玉鬘に想いをよせる人々が多く源氏は期待どおりのなりゆきに満足しています。その中に源氏の弟の蛍兵部卿宮や玉鬘が実の姉とも知らぬ内大臣の長男(柏木)もいます。

初夏になって玉鬘に沢山の懸想文(けそうぶみ=今でいうラブレター)が届くようになります。源氏は玉鬘のところを訪れて親らしく返事の心得を教えたりします。源氏の選んだ相手は、蛍兵部卿宮、髭黒大将、柏木の三人ですが源氏自身しだいに手放すには余りにも惜しい想いかられるようになります。

若い源氏と玉鬘がお似合いの取り合わせのようにも見えますが、玉鬘本人は源氏を親として頼りながら一方では、まだ見ぬ実の父内大臣に早く会いたいと、そればかり思っています。玉鬘に心を奪われる源氏の姿は、紫の上に感づかれることとなり紫の上は思い悩みます。源氏は、玉鬘に亡き夕顔の面影を重ね合わせ想いを打ち明けます。玉鬘は意外な成り行きに源氏をうとましく思い悩む日々が続きます。
e0039703_1915818.jpg

参考
〓【荘子が夢で胡蝶になったという故事】〓
吉野の奥に住む僧が、花の都を見物しようと上京し、一条大宮のあたりにやって来ます。そこに由緒ありげな古宮があり、その御殿の階段の下に梅が今を盛りと美しく咲いています。僧が立ち寄って眺めていると、そこへ人気のなさそうな家の中から、一人の女性が現れ声をかけて来ます。そして、この御殿や梅の木について語ってくれます。僧は喜んで、女の素性を問いただすと、実は自分は人間ではなく胡蝶の精だと明かします。そして、春、夏、秋と草木の花かがりし、法華経の功徳を受けたいのですといい、荘子が夢で胡蝶になったという故事や、光源氏が童に胡蝶の舞をまわせ御船遊びをなさったことなどを語り、もう一度、御僧の夢の中でお会いしましょうと夕空に消えてゆきます。
〓【胡蝶の舞】〓
背中に蝶の羽をつけた殿上童達(4人の子供が山吹の花をつけた天冠をかぶり《胡蝶》用の別装束(蝶の紋のついた袴と袍)を身にまとい背中に蝶の羽をかたどったものを背負い、右手に山吹の花を持って舞う。かわいらしい舞姿の曲。平安時代,延喜8年(908)あるいは延喜6年ともいうが、宇多上皇が子供の相撲を見物したとき,藤原忠房(楽人)がこの曲を作曲、敦実(あつみ)親王(宇多天皇の子)が 琵琶を弾き、雅楽に造詣が深い)が舞をつけたという。……中略……蝶が飛びかう様を描くように手を振りながら舞台に輪を作り、くるくる回る。とあります。
by hime-teru | 2008-04-24 19:14 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語文中の花】  『野分・匂宮・ 蜻蛉』  女郎花・おみなえし

★… 【 源氏物語文中の花 】  『巻28‐野分 ・ 巻42‐匂宮 ・ 巻52‐蜻蛉』  女郎花・おみなえし …★
                      撮影は H19年7~8月我が家にて
可愛らしい黄色の花を見ると優しさが溢れているが、花の匂いはいただけない。お醤油が腐敗したような匂いがします。ですが薬用になるとのこと。根を敗醤根と呼び民間薬で利尿、漢方で排膿に利用するそうです。今は盆花(墓参りに手向けるための花)として栽培されている。 この花のか細い茎を見ると強風が吹くと倒れてしまうのではととても気になる。近縁のオトコエシは茎がやや太く毛が多く花が汚白色で全体が粗大である。
e0039703_1057841.jpg

名前の由来は、定かではないが面白い説があります。白米は男性が食べるのでオトコメシ(男飯)⇒オトコエシ。黄色い粟は女性が食べたのでオンナメシ(女飯)⇒オミナエシ。女郎花の花が粟メシに似ているところからオンナメシ(女飯)⇒オミナエシ。の名が付いたとか。
e0039703_1057474.jpg


野分けの巻
文中)吹き乱る風のけしきに女郎花 しをれしぬべき心地こそすれ」 …… 玉鬘
意)吹き乱す風のせいで女郎花は萎れてしまいそうな気持ちがいたします(寄り添う源氏に困惑する自身を女郎花に譬え源氏を柔らかく避けている)
e0039703_10582354.jpg

文中)下露になびかましかば女郎花 荒き風にはしをれざらまし …… 源氏の返歌
意)下葉の露になびいたならば女郎花は荒い風には萎れないでしょうに。
e0039703_10584649.jpg


匂宮の巻】  
文中) 秋は世の人のめづる女郎花、小牡鹿の妻にすめる萩の露にも、をさをさ御心移したまはず・・・・。  
意)秋は世間の人が愛する女郎花や、小牡鹿が妻とするような萩の露にも、少しもお心を移しなさらず・・・・。
e0039703_10592652.jpg


蜻蛉の巻】 ー 薫が弁の御許(古参の女房)らと和歌を詠み合う
文中) 女郎花乱るる野辺に混じるとも露の あだ名を我にかけめや  …… 薫の贈歌
意)女郎花が咲き乱れている野辺に入り込んでも露に濡れたという噂をわたしにお立てになれましょうか?   
文中) 花といへば名こそあだなれ女郎花なべての露に乱れやはする…中将の御許の返歌。
意)花と申せば名前からして色っぽく聞こえますが、女郎花はそこらの露に靡いたり濡れたりしません。
e0039703_1121023.jpg

文中) 旅寝してなほこころみよ女郎花 盛りの色に移り移らず … 弁御許の贈歌(薫を挑発する歌
意)旅寝してひとつ試みて御覧なさい 女郎花の盛りの色にお心が移るか移らないか。
苦笑しながら薫君は△お宿をお貸しくださるなら一夜は泊まってみましょう。そこらの花には心移さないわたしですが・・・。と弁御許の挑発に歌で応えます。         
弁の御許は姿形も美しく嗜み深く才気もありましたので、薫君はたいそう可愛がっていらっしゃいました。匂宮さまもこの小宰相をご自分の思い人にしようとしていらっしゃいますが「他の女たちのように、やすやすと宮さまに靡いたりするものか」とはね返しているのです。女房たちは「あらまあ、なんて勿体ないことを」と囁きあい、宮さまは悔しがり、薫君は大したものだと思っている。
e0039703_1103399.jpg


【男郎花・おとこえし】  (H18年目黒教育園にて)
オミナエシ科の多年草。トチナ,チメクサともいう。日本,朝鮮半島,中国に広く分布し、山野の日当りのよいところに生える。初めロゼット状に根出葉を出すが花期には根出葉は枯れてしまう。茎は高さ1mほどになり全体に毛を密生する。8~10月頃、茎の先に集散花序をつける。h花は白く茎や葉に毛が多い。花柱は1本、周囲に4本のおしべがある。
e0039703_112463.jpg

名は、オミナエシに対し全体の感じが強壮であるので男性に見立てたもの。おとこめし。漢名は敗醤。
e0039703_1131316.jpg
  
by hime-teru | 2007-09-28 11:18 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(4)

【源氏物語文中の花】  巻29 『行幸の巻』   栗・くり

               ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻29 『行幸の巻』   栗・くり …★
                        撮影は、秩父路、観音巡りハイキングにて
玉鬘の裳着への祝儀の品々の記述より
文中)青鈍の細長一襲、落栗とかや、何とかや、昔の人のめでたうしける袷の袴一具、紫の しらきり見ゆる霰地の御小袿と、よき衣筥に入れて、包いとうるはしうて、たてまつれたまへり。
意)青鈍色の細長を一襲、落栗色とか、何とかいう、昔の人が珍重した袷の袴を一具、紫色の白っぽく見える霰地の御小袿とを、結構な衣装箱に入れて、包み方をまことに立派にして、差し上げなさいました。。
e0039703_22295769.jpg

落栗(おちぐり)〓晩秋、熟して落ちた栗の実の色を模したもの。表は蘇芳色。裏は薄茶の香色(こういろ)。襲の色目 (かさねのいろめ)というもので、季節の草花や自然現象にちなんだ名前がつけられています。秋は萩がさね、桔梗、竜胆、落栗などなど。季節の彩りを身にまとったようです。何とも奥ゆかしく上品な色合い、優雅でステキな時代です。
e0039703_22302618.jpg

物語では栗の描写は『宿木』の文章にも1カ所のみ出てきます
ただ、この場面では女房が栗を音を立てて食べていることを悪しざまに描写しています。紫式部は食事のシ~ンは殆ど取り上げてはいないが・・・。
e0039703_2230561.jpg

文中) 女房二人して、やなどやうのものにや、ほろほろと食ふも、 聞き知らぬ心地には、かたはらいたくてしぞきたまへど、またゆかしくなりつつ、なほ立ち寄り立ち寄り見たまふ。
意)二人だけで栗(くり)などをほろほろと音をさせて食べ始めたのも、薫には見馴れぬことであったから、眉がひそめられ、しばらく襖子の所を退いて見たものの、心を惹くものがあって、もとの所へ来て隣の隙見を続けた。
e0039703_22321220.jpg

どうも、「栗」はあまり雅な食べものではないという考えがあったように思えます。 
【 栗・くり 】
ブナ科クリ属の総称。12種があり、日本、朝鮮半島、中国、西アジアからヨーロッパの地中海岸およびアフリカ、アメリカの東部から中部にかけて分布する。山野に自生するが果樹として広く栽植する。大木になると樹皮に深い裂け目ができる。雌雄同株、6月頃、強い香りのある白色の長い尾状花序を生じる。花序の基部には雌花を先のほうには多数の雄花をつける。花が終ると総包は長く鋭いとげのあるいがとなり果実を包む。果実は堅果で外側の硬い皮は果皮、内部の渋皮は種皮である。食用にする部分は肥厚した2枚の子葉である。いがは成熟すると2~4裂し果実は落下する。「栗が笑(え)む」とはこの現象をいいます。
e0039703_2233207.jpg

日本におけるクリの利用は野生種シバグリの利用に始まり、その歴史は古く、『古事記』に記載がある。奈良朝から平安朝にかけては大果の品種も現れた。栽培は丹波地方に始まったと考えられ、同地方で生産される大果のクリを総称してタンバグリとよぶ。ニホングリは品種も多く大正2年には510余品種が記録されているが果樹としてよく栽培されるようになったのは昭和初期からである。長野県や岐阜県下にみられる下垂するシダレグリは天然記念物となっているとのこと。
e0039703_22335533.jpg
クリは神の木としても使われた。奈良県桜井市では、青葉のついたクリの枝を神籬(ひもろぎ)に、岩手県には門松にクリの若木を添える。東日本には、小正月の飾りの材料に。島根県にはクリの花をよんだ「栗流れ」とよぶ田植唄がある。西日本は正月行事に用いる地方が多く、その地方様々。北海道のアイヌ族ではクリの実はたいせつな食糧で「神の植物性食物」と称し、いがをむく棒も使い終わると一定の場所に納めた。
e0039703_22341857.jpg

クリは日本から伝わったとする伝承がある。ポロシリ岳の神の妻が日本の山奥で子供を産み、クリの実だけで育てた。その子をポロシリ岳へ帰すときクリの実を持たせ山に播(ま)かせたという。
e0039703_22343950.jpg

一般に9月十三夜を栗名月とよぶのもクリを供えるのに由来する。食用として、栗飯、栗赤飯などご飯に混ぜたもの、栗きんとん、栗羊かん、栗鹿の子、蜜煮、甘露煮、マロングラッセなど菓子用に。茶碗蒸し、含め煮など料理用、そのほか、用途はきわめて広く、古来、村祭り、祝事、正月料理などと密接な関係をもってきた。
かちぐり(勝栗、搗栗、乾栗)はその一つで昔から旅立ちの携行食品とし祝事にも用いた。材は堅く家具材、土木用材、鉄道の枕木などに使われている。
e0039703_22354782.jpg

by hime-teru | 2007-09-14 22:42 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(6)

【 源氏物語・四季の町 】 巻21 少女の巻  【六条院の秋の町】 【六条院の冬の町】

         ★… 【 源氏物語・四季の町 】  巻21 少女の巻   【六条院の秋の町】  【六条院の冬の町】 
【六条院の秋の町】
[文中]
中宮の御町をば、もとの山に紅葉の色濃かるべき植木どもを添へて泉の水遠く澄ましやり、水の音まさるべき巌立て加へ、滝落として、秋の野をはるかに作りたる、そのころにあひて、盛りに咲き乱れたり。嵯峨の大堰のわたりの野山、無徳にけおされたる秋なり。
意) 中宮のお住居(すまい)の町はもとの築山に、美しく染む紅葉(もみじ)を植え加えて、泉の音の澄んで遠く響くような工作がなされ流れがきれいな音を立てるような石が水中に添えられた。滝を落として、奥には秋の草野が続けられてある。ちょうどその季節であったから、嵯峨(さが)の大井の野の美観がこのために軽蔑(けいべつ)されてしまいそうである。
          ~ 空想しながら・・・ ~   
 ☆~美しく染む紅葉(もみじ)を植え ↓~☆
e0039703_23394661.jpg

 ☆~泉(小川の流れ)の音澄んで ↓~☆
e0039703_2346526.jpg

 ☆~嵯峨野の野山の秋 ↓~☆
e0039703_23405580.jpg
 

【六条院の冬の町】
[文中]
西の町は、北面築き分けて、御倉町なり。隔ての垣に松の木茂く、雪をもてあそばむたよりによせたり。冬のはじめの朝、霜むすぶべき菊の籬、 われは顔なる柞原、をさをさ名も知らぬ深山木どもの、木深きなどを移し植ゑたり
                  ◎↓◎↓◎
※意)北西の町は北側にずっと倉が並んでいるが、隔ての垣(かき)には唐竹(からたけ)が植えられて、松の木の多いのは雪を楽しむためである。冬の初めに初霜のとまる菊の垣根、朗らかな柞原(ははそはら)、そのほかにはあまり名の知れていないような山の木の枝のよく繁(しげ)ったものなどが移されて来てあった。
 ☆~松の木雪をもてあそばむたより・・・ ↓~☆
e0039703_23412513.jpg

 ☆~初霜のとまる菊の垣根 (嵯峨菊の垣根)↓~☆
e0039703_23414720.jpg

 ☆~朗らかな柞原(ははそはら) ☆秩父の”柞の森”を撮影↓~☆
e0039703_23434865.jpg

by hime-teru | 2007-06-22 23:48 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(0)

【 源氏物語・四季の町】 巻21 少女の巻   『六条院の春の町』

           ★… 【 源氏物語・四季の町 】  巻21 少女の巻   『六条院の春の町』 …★
           〓 『五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅』 〓
              撮影は我が家、御所、御苑、吉野、足利、神代植物園にて撮影
【六条院の春の町】
五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅(御所の中に活けてありましたツツジは「山ツツジ」のようですが・・・。
e0039703_2223554.jpg

[文中]
南の東は、山高く、春の花の木、数を尽くして植ゑ、池のさまおもしろくすぐれて、御前近き前栽、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの、春のもてあそびを わざとは植ゑで、秋の前栽をば、むらむらほのかに混ぜたり。
※意)南の東は山が高くて、春の花の木が無数に植えられてあった。池がことに自然にできていて、近い植え込みの所には、五葉(ごよう)、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅(いわつつじ)などを主にして、その中に秋の草木がむらむらに混ぜてある。
      …… 五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅(ツツジ各種) ……

【岩躑躅】
植物学では「岩躑躅」という種類は存在しないそうです。「岩場に生えるツツジ類⇒サツキツツジ、ヤシオツツジ、ヤマツツジなどの通称名とか。従いまして、京都が舞台なので保津川沿いの岩場に見られるサツキツツジかも知れません。
e0039703_22233544.jpg

【山吹】
バラ科の落葉低木。地下茎で繁殖し、大群落をつくることがある。一重のものは山野に自生し八重のものは多く庭園に栽植。髄を山吹髄といい玩具などに用いる。
e0039703_2224431.jpg


五葉、紅梅、桜、藤、はアップ済みの「源氏物語花考察」をご覧下さいまし。
〓【五葉【松葉が5本あります。
e0039703_2225277.jpg

〓【紅梅】〓
e0039703_22252054.jpg

〓【】〓
e0039703_0171476.jpg

〓【】〓
e0039703_0181637.jpg

…◆「春の町」の花がアップ済みが多かった為「夏の町」と順不同。前後致しましたm(_ _)m。
by hime-teru | 2007-06-20 22:38 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(0)

【 源氏物語文中の花 】  巻21 『少女の巻』  菖蒲・ショウブ

       ★… 【 源氏物語四季の町 】  巻21 『少女の巻』  『六条院の夏の町』 (その5) 菖蒲・ショウブ …★
                        撮影は埼玉・菖蒲町にて
〔文中〕その夏の町の『北の東』は………五月の御遊び所にて、水のほとりに菖蒲植ゑ茂らせて向かひに御厩して世になき上馬どもをととのへ立てさせたまへり。
【 菖蒲・ショウブ 】
サトイモ科の多年草。全体に芳香がある。根茎は長く横にはい径1~1.5センチ、節がありよく分枝する。葉は根茎上に二列につき、基部で互いに抱き合い線形で長さ50~80センチ、中央脈があり先端は細くとがる。円柱状の花序をやや斜めにつけるが鑑賞できる花ではない
花は両性で花被片六枚、雄しべ6本、雌しべ1本。水辺の泥地に群生し、アジア、北アメリカに自生する。また、北半球の暖帯から温帯に広く帰化している。花は白菖・石菖蒲(いしあやめ)と言い、漢名が菖蒲。ショウブは正しくは白菖。根茎を乾かして沈痛・健胃・駆虫剤になり、浴料としても私用されている。
e0039703_23354257.jpg

◆昔は「あやめ」と呼ばれたのでアヤメ科の【あやめ】や【花菖蒲】と混同されやすいが、「白菖」は花が咲くアヤメとはまったく異なる別の植物です。
◆アヤメやショウブについては名称の表す実体が時代により、あるいは人により異なることが多いのです。文目は「蛍の巻」に 4首記述されていますので蛍の巻にて。
 
【黄菖蒲・きしょうぶ】 
アヤメ(アイリス)属 アイリスはギリシャ語で「虹」の意味だそうです。
e0039703_23371222.jpg

明治の中頃に渡来し各地で栽培されているが、水田の溝や池の畔、湿地などに繁殖しています。
e0039703_23373064.jpg

花は黄色花の下に大型の苞がある。
e0039703_23374816.jpg

内花被片は 3 個,長楕円形で小さく直立し葯は褐紫色。
e0039703_23382722.jpg

和名は「黄菖蒲」花が黄色であることから。遠くにいても黄色がとても目立ちます。
e0039703_2339146.jpg

by hime-teru | 2007-06-17 23:44 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(0)

【 源氏物語文中の花 】  巻21 『少女の巻』  呉竹

         ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻21 『少女の巻』 『六条院の夏の町』 (その4) 呉竹 …★
                       撮影は京都・嵯峨野 埼玉・秩父にて
〔原文〕
その夏の町の『北の東』は、涼しげなる泉ありて夏の蔭によれり。前近き前栽、呉竹、下風涼しかるべく木高き森のやうなる木ども木深くおもしろく山里めきて・・・↓嵯峨野の竹林
e0039703_22442746.jpg

【呉竹】
呉くれから渡来した竹の意、淡竹(はちく)の異称、又(呉竹)=唐竹ともいう。『源氏物語』でタケと表記されているのは、多くはマダケと思われますが、なよたけ、メダケ、くれたけ、ハチクとも竹の仲間である。
竹は『竹河の巻』で再び詳しくアップの予定でいます。
e0039703_22453119.jpg

竹(タケ)ほど、古代から日本人の生活と密接にかかわりあってきた植物は他には見られないでしょう。古くはコノハナノサクヤビメが分娩の時へその緒を切るのに竹製の“へら”を使ったという伝説や、竹から生まれたかぐや姫の「竹取物語」は何方もご存じのことでしょう。
又、正倉院に750年ごろにハチクでつくられた笙(しょう)や尺八(しゃくはち)筆などが保存されています。
e0039703_22455870.jpg

タケの材は木とは違う特徴があります。例えば桿(かん)が中空であり、割りやすく弾力性に飛んでいて伸縮が少ない。このため昔から建築用材、家庭用品、楽器、玩具、茶道、華道、武器(弓と弓矢など)、食用(筍)などに利用されてきました。
e0039703_22463692.jpg

家庭用品としては簾(すだれ)・扇子(せんす)・笊(ざる)・籠(がご)等。茶道では茶筅(ちゃせん)・茶杓(ちゃしゃく)があり茶には直径2㎝程度のハチクが用いられます。楽器では尺八・篠笛(しのぶえ)・竜笛(りゅうてき)等。玩具では竹とんぼ・竹馬などがあります。
とくに尺八は「聖徳太子」が愛用したといわれています。
竹とんぼや竹馬は、昔遊んだ最も一般的な玩具だと思います。このように、私たちの身のまわりを見渡してみましても、そこかしこに竹製品を見ることができます。最近では竹炭が水質浄化などに人気を集めているようです。
e0039703_22472065.jpg

竹の皮も生活用品として重要でした。最も基本的な使用法は”食物を包む”のに用いた。昭和生まれであれば、たいがいの人はご存じでしょう。ほどよく水分が保たれて乾燥しない通風性があり腐敗を防ぐ殺菌作用がありますので、”おむすび”など包んで遠足に行きました。暮らしの知恵物です。

春に竹の子が生えるころ葉が黄色くなります。『竹秋』と言い春の季語です。 
   ↓ 秩父にて5月に撮影。
e0039703_22482279.jpg

紅葉の頃に嵯峨野にて撮影した竹は澄んだ秋空と真っ赤な紅葉との絶妙なコントラスト、鮮やかな緑の装いが美しいです。
e0039703_22484461.jpg

竹は成長が早く冬でも緑であるため生命力の強さを愛でて正月の飾りの一つに用いられますが、京都のお寺のお庭には、とりどりの素晴らしい竹垣が風情を添えています。
e0039703_22511268.jpg

e0039703_2251353.jpg

by hime-teru | 2007-06-16 22:53 | 源氏物語(巻21~巻30) | Trackback | Comments(0)