カテゴリ:源氏物語(巻1~巻10)( 25 )

【 葵祭(賀茂祭)】 源氏物語 巻9 『葵の巻』

★… 【 葵祭(賀茂祭)】 源氏物語 巻9 『葵の巻』 】…★
                      2015.5/15 京都葵祭にて
「 葵の巻」9帖は源氏の22歳春から23歳正月まで近衛大将時代の物語です。「新斎院御禊の見物」のくだりから始まります。
文中) まことや、かの 六条御息所の御腹の 前坊の姫君、 斎宮にゐたまひにしかば・・・前皇太子の忘れ形見、六条の御息所の姫宮が斎宮選定された。
御所から下鴨神社にて休憩、上賀茂に向かう行列は間隔も狭まり、心なしか、お疲れの様子が伺えますが・・・使命感を持って進みます。総距離8キロ、およそ8キロ近い装束を着て大変なお役目です。本当に「お疲れさまです」充分、平安貴族を楽しませて頂きました。ありがとう御座いました。
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【葵の巻】巻9帖を簡単に・・・。
この巻は御代替わり「花宴」巻から二年後のお話です。斉院列見物に出かけた葵の上(光源氏の正妻)と六条御息所(光源氏の恋人の一人)が牛車をとめる場所をめぐって争う、通称「車争い」のシーンはあまりにも有名でしょう。
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当時右大将兼宰相だった光源氏が供奉した晴れ姿を見ようとした正室葵の上と六条御息所の車争いが起こったのが、この斎王御禊の行列見物のシーンす。あまりにも有名な見物の様子を式部も清少納言も書き留めて物語に挿入したものと思われます。

閉じこもり気味だった葵の上が、説得されて急遽行列見学に出かけることになりましたが、すでに車をとめる場所は一杯満車状態でした。一方、お忍びで来ていた六条の御息所の車を家人達が無理矢理どかそうとした為に車争いが起き大騒ぎとなります。結果、六条の御息所の車を後方にけちらされてしまったのです。源氏物語中、光源氏が勅使を勤める麗姿を見物人が絶賛する中、六条の御息所は屈辱感に襲われ葵の上へ憎しみで苦しみ始めるのです。

【参考までに二人の女君】
★【葵上】あおいのうえ
左大臣の娘。源氏が元服した際に結婚した正妻。あまり仲の良い夫婦ではなかった。源氏との間に夕霧を生む。しかし、その直後、六条御息所の物の怪にとりつかれ死亡する。
★【六条御息所】ろくじょうのみやすどころ
前皇太子(即位する前に死亡した為に桐壷帝が即位した)の妻であった人。源氏と関係を持つが多くの女性と関係をもつ源氏に嫉妬し、その心が物の怪となって夕顔や葵上を死に至らせた。後に病で死亡する。

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可愛らしい稚児、頑張っています。
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人も馬も・・・・
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◆角田文衞説では・・・。
斎院御所のあった場所は現在の京都市上京区櫟谷七野神社のあたりに相当するという。この御所は地名により紫野斎院、あるいは単に紫野院とも呼ばれた。 斎王はここで仏事や不浄を避ける清浄な生活を送りながら、賀茂神社や本院での祭祀に奉仕した。特に重要なのは四月酉の日の賀茂祭では、斎王はあらかじめ御禊の後上賀茂・下鴨両社に参向して祭祀を執り行った。(廬山寺パンフ、電子辞書、源氏物語再編成版を参照させて頂きました)

下鴨神社もご覧下さい
 【下鴨神社】
巻9 『葵の巻』ふたば葵もご覧下さい↓
 【双葉葵】

長い時間のお立ち寄り”ありがとう御座いました”
by hime-teru | 2015-05-20 09:41 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(2)

源氏物語 巻3【 夕顔の巻 】

   ★…【 源氏物語 巻3 『夕顔の巻』 】  …★
      2014.8/15 ~ 我が家にて
【夕顔の花】
ウリ科の一年草。同じくウリ科のヒョウタンと近縁の種で、祖先種は西アフリカ原産。かんぴょうの原料植物として知られる。茎はつる性で枝分れして10メートル余に伸び、巻きひげで他物に絡まる。葉は心臓形でやや浅く裂け、茎葉全体に軟毛がある。雌雄異花。葉腋に1個ずつつき、深く五裂した白い花を夏の夕方から開き、翌朝にはしぼむ。
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花期後30日ほどで大形の果実が成長し、完熟するとヒョウタンのように果皮が堅くなる。果実の形によって丸形のマルユウガオと長形のナガユウガオに大別される。マルユウガオは果実は直径約30センチ、重さ10~30キログラムになる種子取り用に完熟期まで置いて、果肉が硬くなったユウガオは、炭入れ、火鉢、花器、玩具の面など農村工芸の材料とされる。

当時の夕顔は「かんぴょうの花」だったと思いますが・・・、今年も種を購入出来ず花を見ることが出来ませんでしたが・・・。
近年、店頭に出回っているこの花も[夕顔の花]夕方の5時頃から開き朝には命朽ち果ててしまいます。
昨年、能にご趣味の某大手会社の会長さんの秘書の方から、発表会をなさる演目の「夕顔」のお芝居に私の写真をクオカードに使わせて欲しいと問い合わせがあり、提供申し上げたこともあり、ここで「能」に触れておきましょう。
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〔文化史〕
夕顔の花は、枕草子では「いとをかしかりぬべき花」と述べ、源氏物語には「花の名は人めきて」と、短命の一夜花を薄幸の女性に重ねた「夕顔」の巻がある。
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【能】
日本の古典芸能の一つ。平安時代に発生した猿楽が鎌倉時代に猿楽の能と呼ばれるようになり、室町時代に足利義満将軍の庇護のもとに観阿弥、世阿弥父子によって大成された。橋懸りという独特な構造の舞台で、地謡の合唱と囃子方の伴奏で舞う歌舞劇。主演者を(シテ)助演者を(ワキ)といい、曲目によっては数人の出演者(シテヅレ,ワキヅレ)が登場する。シテは面をつけることが多い。夢幻能と現在物に大別される。また、神、男、女、狂、鬼の5つに分類され上演順位が定められている。
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江戸時代以来、このような五番立の番組を正式とし、能と能との間には狂言を上演したが、現在は狂言1番、能1番でも上演される。現行曲は約240曲ある。源氏物語の『夕顔』や『葵上』は、あまりにも有名な演目で御座います。現在物『安宅』は、歌舞伎十八番の勧進帳は誰でも知る題目ですね。
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【かの白く咲けるをなん、夕顔と申し侍る】源氏物語の巻名「夕顔の巻」女主人公の巻名になった夕顔花。
物語は・・・
★頭中将に愛され玉鬘を産んだが、のち光源氏の寵を受け、ある夜、物怪(もののけ)に襲われて
息が絶える話です。
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『源氏物語』の「夕顔」の巻による。世阿弥の作品の『夕顔』は、物の怪(け)に命をとられる暗い主題であるのに対し、『半蔀』は、つかのまではあるが光源氏との恋を得た喜びを、あの世からいとおしみ続ける女性像を描く。
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小品の能だが叙情的な佳作ですが、能の「夕顔」「半蔀(はしとみ)」は、内藤左衛門作の鬘物。半蔀を掲げた家で夕顔が光源氏と結ばれたことを脚色する。鬘物は源氏物語の夕顔の死を脚色し、その霊の成仏を描いているお芝居です。
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『半蔀』は【京都紫野(むらさきの)、雲林院(うんりんいん)の僧(ワキ)が夏の修行の間に仏に供えた花の供養をしていると、1人の女性(前シテ)が白い夕顔の花を捧(ささ)げ、「五条わたり」の者と告げて消える。五条あたりを訪ねた僧が、『源氏物語』の昔をしのんでいると、夕顔の絡まる半蔀戸を押し上げて女(後シテ)が現れ、夕闇(ゆうやみ)に白く浮かぶ花が縁で光源氏と結ばれたことを語り、美しく慕情を舞うが、明け方とともにその姿は消え僧の夢は覚める。】
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花の精と夕顔の女の二重映しの効果もみごとである。半蔀屋の作り物も印象的で、前段に実際の立花(りつか)出す特別な演出もある。
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京都「雲林院」にも出掛けて来ました。今の雲林院の写真です。のぞいてみてくださいまし。
 【雲林院】

  ######## 来年こそは夕顔忘れずに種を#########
明治以降はヒルガオ科のヨルガオがユウガオともよばれ、一部で混乱があるが、江戸時代までのユウガオはすべて本種である。日本では果実にくびれのないのをユウガオ、くびれるのをヒョウタンと区別するが最古の農作物の一つで、現在もインド、東南アジア、台湾などでは広く生鮮野菜として流通している。

干瓢は中国では3~4世紀にさかのぼり、『釈名』に「瓠畜」の名で、皮をむいて蓄え、冬に用いよと記述される。かんぴょうは現在の中国では北部に残るが少ない。
日本では『延喜式』(927)に、大和(やまと)国の産物だったが、現代の主産地は栃木県。1712年、近江水口藩主、鳥居忠英が下野(しもつけ)(栃木)の壬生藩に移された際、奉行の松本茂右衛門(もえもん)に命じて栽培させ現在に至る。
by hime-teru | 2014-08-22 00:48 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻5 『若紫の巻』 紫草・ムラサキソウ 

          ★… 【源氏物語巻名の花】 巻5 『若紫の巻』 紫草・ムラサキソウ …★
                  撮影はH21.5.9 向島百花園にて
紫式部は登場人物の縁(えにし)に植物を巧みに使っています。ムラサキの根から得られることにかけた「若紫」などはその代表と言えます。紫根のよる紫染めは平安の頃より行われ紫式部は『紫』という植物の性情を熟知していたのではないかと思われます。紫の上の生涯は物語の心奥に深く浸透し、今も優艶な薫香を漂わせている。紫は色としても最高の永遠のあこがれの色です。
植物染色の中でも尤も至難な染色ではないかと思う。と染織家の「志村ふくみ」さんのお話しです。
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紫の花を撮影しなければと思いながら1年が過ぎ、漸く花に出逢い撮影することが出来ました。
教育園の紫は今年も無理と思い、向島百花園にあると聞き、電話で開花の状況を伺いましたら”終わりかけです”と言われたので、急遽、撮影に行ってきました。
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紫の花は絶滅種なのに、雑然とした野草の中で2株(雑草の掃きだめ菊と見間違える様相)で咲いておりました。立ち止まって見る人はいない。取り付いている私を見て、通りすがりの人は、つまらない花を撮影しているなぁと思われていたに違いありません。目黒の教育園では大事に大事に育てられていたのに・・・。向島百花園では意表をつき!放りっぱなしと言う感じ。しかし、紫草は根に栄養分を蓄え越年する植物のようですが、雑然とした野草の中で大丈夫なのか、ちょっと心配になりました。
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天平時代には各地で栽培も行われ、江戸時代には奥羽、甲州、総州、播磨などが名産地として知られたが、明治以降は東北地方にわずかに残り、現在ではほとんど栽培はなく野生もほとんどなくなりました。
栽培は大変むずかしく連作は出来ないようです。現在ではごく限られたところで栽培されることもあるようです。紫根染が貴重視され珍重されてきた理由は栽培が大変むずかしい植物だったからでしょう。

根をとって乾かすと紫黒色(紫根・しこん)と称し、古くから紫色の染料として紫根染めに用いられ、また、薬用にも供された。紫染は出来るだけ新しい紫根をお湯の中で揉んで、紫の色素を抽出するか、大量の場合は紫根を臼に入れて熱湯を注ぎ杵でつきつぶして色素を取り出さねばなりません。手間暇掛けて得た紫根の液にあらかじめ椿やヒサカキの灰汁に浸け、乾かしておいた糸や裂地を浸けて染め上げます。濃色にするには染液に浸けては乾かす工程を何回も繰返すようです。また灰汁の使い方によって赤味になったり青味になったりと染色はデリケ-ト。
〓美しい日本の色を染め上げた植物〓
★紫=ムラサキ(紫草)ムラサキ科。スオウ(蘇芳)マメ科 
★赤=ベニバナ(紅花)キク科アカネ(茜草)アカネ科 
★青=アイ(藍草)タデ科 
★黄=コブナグサ イネ科 クチナシ(梔子)アカネ科 ウコン(鬱金)ショウガ科

〓【紫】〓
ムラサキ科の多年草。草丈は30~60センチ。の東アジアの温帯に分布する。日当りのよい乾燥した草原や山地に生え,日本ではほぼ全域に自生するといわれるが・・・。かつては武蔵野の代表的な野草でもあった。茎は直立して、根は太くて乾くと濃紫色となる。6~7月に,葉状の包葉の間に短い穂状の花序を出しウメに似た白色の小花を数個つける。萼は5深裂し花弁は5裂して平らに開き径4~5mmで花筒の上部に5個の鱗片がある。
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ムラサキの栽培はむずかしく花は小さい。いけ花にはあまり使われない。
※果実は灰白色で光沢があり小さい。
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漢方では根(紫根)を、解熱、解毒、肉芽形成促進剤として、はしか、皮膚病、皮膚潰瘍などの治療に用いる。含有色素はアセチルシコニンなどである。外用軟膏として有名な紫雲膏(潤肌膏)は華岡青洲の創方で、当帰と紫根を主薬とし、火傷、凍傷、ひび、あかぎれ、切り傷などの治療に用いる。

『万葉集』に17首に「紫」がみえるが、花を詠んだものはなく、紫色、その染料として用いられた紫草が詠まれている。その染色はツバキの灰で媒染し市で売られていた。色は灰の量により変化した。その用例が『延喜式』にみえる。

『古今集』「紫草の 一本故に武蔵野の 草は皆がら あはれとぞ見る」により武蔵野の景物とされていた。また「紫のゆかり」縁故の意として『伊勢物語』や『源氏物語』などに語られ、とりわけ藤壺、紫の上、とつながる血筋は『源氏物語』の構想にかかわるものとして、作者、紫式部の呼称の所以にもなった。『枕草子』「めでたきもの」の段には、「花も糸も紙もすべて何も紫なるものはめでたくこそあれ」とある。

                ★∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

紫根染の紫は生地に灰汁による媒染を数十回ほどこしてようやく染物が完成する。青味の強い紫で江戸紫に似ているのではないかと思います。東映創立五十周年記念作品。映画「千年の恋」で紫式部を演じた女優が来ていた衣装(一着?百万円)↓このような紫ではないかと思いますが・・・。
昨年石山寺にて撮影したものです。
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岩手県の「南部紫」は当時の紫の草木染めを復興させた紫根染
紫根染が南部地方に伝わったのは鎌倉時代以前と言われ、藩政時代には藩の手厚い保護の下に生産されていたが、明治維新後、完全に途絶えた。しかし大正5年、南部紫根染研究所が設けられ復興、昭和8年研究所の主任技師だった先代・故藤田謙が独立して草紫堂を創業されたと言う。
かの有名な宮澤賢治が、盛岡高等農林学校在学中に南部紫根染研究所が設立され、高等農林学校は設立に大きく関わっていることから『紫紺染について』という小品を残しています(賢治は紫根染の『根』をわざと『紺』と書いたものと思われます)。紫根染の将来に大いに可能性を感じていたのではないかと思われます。

しかし、近年、染料となる根の入手が難しくなり、工夫された化学的方法を取り入れ再現されているようです。

季題は「若紫」が春、「紫草」が夏。
06-10/02 の【紫】に飛びます。
by hime-teru | 2009-05-14 23:35 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(7)

【源氏物語文中の花】   『巻1桐壺.巻28野分.巻46椎本.巻50東屋』    萩・芽子・はぎ

  ★… 【 源氏物語文中の花 】    『巻1桐壺 ・ 巻28野分 ・ 巻46椎本 ・ 巻50東屋』    萩・芽子・はぎ …★
                         撮影はH19年9月我が家にて
◇◆先に秋の七草や桐壺でアップ致しましたが、源氏の文章にて「小萩」で記載してあります文章をピックアップして、萩(江戸絞り)に可愛らしい子供を暗喩してみました◆◇
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マメ科ハギ属の総称。落葉低木または多年草。夏から秋に上方の葉腋に花序を作り数個から十数個の花を対生状につける。枝が垂れる物もある。花は紅紫、白、帯黄白色の蝶形花で普通は長さ0.5~1.5センチ。開花時に旗弁は立ち上がる。後に莢(さや)を結ぶ。
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秋にくさの冠を頭に載せて秋の代表的な草の女王様。秋の景物として、早くから『万葉集』の歌に数多く詠まれてきました。秋の七草の一つでもあります。
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ハギの語源は「生え芽」説が広く受け入れられているが、ハギの枝は箒に使われるので「掃き」に由来したとも考えられる。(小豆島などに残る)
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     ∞∞∞文中の小萩→【桐壺】【野分】【椎本】【東屋】∞∞∞

巻1【桐壺】
文中)宮城野の露吹き結ぶ風の音に小萩が本を思ひこそやれ … 帝の歌
我が子の身を案じる意の歌。「宮城野」は歌枕。宮城県仙台市東部の野、萩の名所として名高い。ここは宮中の意。「露吹きむすぶ風」は、野分が吹いて急に寒くなり萩に露が置くようになり風が吹いてはその露を散らそうとする気掛かりなさま。「小萩」は歌語。子供を暗喩し、「露」は涙を暗喩する。
文中)荒き風ふせぎし陰の枯しより小萩がうへぞ静心なき・・・・
意)荒い風を防いでいた木が枯れてからは小萩の身の上が気がかりでなりません・・・」
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巻28【野分】
文中)南のおとゞにも、前栽つくろはせ給ひけるおりにしも、かく吹き出でて、もとあらの小萩はしたなく待ち得たる風のけしきなり。
)南の御殿でも、お庭先の植え込みを手入れさせていらっしゃったちょうどそのころ野分が吹き出して、株もまばらな小萩が、待っていた風にしては激し過ぎる吹き具合である。枝も折れ曲がって、露も結ばないほど吹き散らすのを、少し端近くに出て御覧になる。
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巻46【椎本】
★<b>文中)牡鹿なく秋の山ざといかならむ小萩が露のかかる夕ぐれ  … 匂宮
)牡鹿の鳴く秋の山里はいかがお暮らしでしょうか小萩に露のかかる夕暮時は。 
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巻50【東屋】
文中)しめ結ひし小萩がうへもまよはぬにいかなる露にうつる下葉ぞ … 北の方
)囲いをしていた小萩の上葉は、乱れもしないのにどうした露で色が変わった下葉なのでしょう。
文中)宮城野の小萩がもとと知らませば露も心をわかずぞあらまし … 少将
)宮城野の小萩のもとと知っていたならば 露は少しも心を分け隔てしなかったでしょうに。
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by hime-teru | 2007-09-17 16:27 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(2)

【源氏物語文中の花】  巻7   『紅葉賀の巻』  瓜・うり 

            ★… 【 源氏物語文中の花 】  巻7   『紅葉賀の巻』  瓜・うり …★
                     撮影はH19、6、14我が家の家庭菜園にて   
この巻に一カ所、野菜の名前がありますのでアップしておきます。
【文中】
瓜作りになりやしなまし」と、声はいとをかしうて歌ふぞ、 すこし心づきなき。
瓜作り」この文章から、平安時代にはすでに野菜として「瓜」が栽培されていたようです。それが、キュウリなのか?マクワウリなのか?は正直正確には分かりませんが、どちらも瓜科。今でも「おつけ物」が名産として残っている京都が舞台なのでキュウリと考えたい。
【キュウリの花】 
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☆実が付き始めました。↓
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☆マクワウリの花 ↓(この花を撮影するために種を蒔きました。小さな実が付いてきましたが・・・。)
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【カボチャの花】 ↓
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不思議なことに、イモ、ダイコン、アオナ(カブ)、マメ、ムギなどの食用植物があるはずですが・・・?、紫式部は登場させていないのです。食べるシーンは殆ど書かれていない。それは、平安時代の風潮で、はしたないとする気持ちが紫式部にあったのでしょうか?。個人の好みや見方、あるいは宮中で暮す立場から『万葉集』などと違った面を『源氏物語』の中に植物の世界を意図して書かれたのでしょうか?。
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参考までに・・・
身近な植物で万葉の時代から知られていたのにもかかわらず、『源氏物語』に顔を出さい種類が沢山あります。モモは「朝顔」の帖で朝顔の父親の桃園式部卿の名で出てきますが、不思議なくらい木や花は、なぜか描写されていないのです。他にも、スモモ、アセビ、ネムノキ、アジサイなども書かれていません。草花ではカキツバタ、スミレ、ヒルガオ、ヨメナ、オケラ、タデ、スゲ、ヒシなどの野草等も姿を見せません。
by hime-teru | 2007-07-08 23:54 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(4)

【源氏物語文中花】  巻 8  【 花宴 】   桜 (サクラ)

                ★…【 源氏物語文中花 】  巻 8 『 花宴 』  桜 (サクラ)  …★    
  桜の便りが北上中。 撮影は京都・新宿御苑・神代植物園・吉野・ 清水公園 etc
【光源氏20歳春(宰相兼中将時代の物語】 
巻前は、この時期に開かれた桜の宴のことを指しています
巻頭の本文に『 如月(二月)の二十日あまり、南殿(紫宸殿)の桜の宴せさせたまふ。」より。
「紅葉賀」は秋の宴。「花宴」は春の宴。二つの巻は対となっています。

前巻「紅葉賀」の紅葉の賀と桜の宴は対偶に仕立ててある巻です。  
★おほかたに花の姿を見ましかば つゆも心の置かれましやは ……… (藤壷の独詠歌)
意)「何の関係もなく花のように美しいお姿を拝するのであったなら、少しも気兼ねなどいらなかろうものを」 「花」は源氏を譬喩。藤壺がお花見の際に光源氏を遠目に見て心の中で呟いた和歌です。
前巻の紅葉賀の翌年2月過ぎからこの巻が始まります。
宴の描写では例によって源氏が群を抜いて素晴らしかったと褒めちぎっています。詩を作っても、唱っても、舞っても、光源氏は一段と秀で周りは感動のあまり涙したと書いてあります。
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紫宸殿の御前の桜が満開の季節「花の宴」は即位の日が近い兄朱雀帝のための「桜の花の宴」です。
春の観桜の御宴は男性の表教養は中国の学問文芸、興趣は漢詩を作ることに集中、文学的雰囲気を楽しむ催しです。なお、先にアップ済みの「藤の花」の右大臣家主催の「藤の花の宴」も又春の宴です。 ↓京都御所(紫宸殿前の桜)
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『※以下のアップ桜は昨年の撮影、場所は京都・新宿御苑・神代植物園・吉野 etc』
[文中]
二月二十余日、紫宸殿の桜花の宴 如月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせたまふ。 后、春宮の御局、左右にして、参う上りたまふ。
意)如月の二十日過ぎ、南殿の桜の宴をお催しあそばす。皇后、春宮の御座所、左右に設定して参上なさる。
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かのしるしの扇は、 桜襲ねにて、濃きかたにかすめる月を描きて、水にうつしたる心ばへ、目馴れたれど、ゆゑなつかしうもてならしたり。
意)あの証拠の扇は、桜襲の色で、色の濃い片面に霞んでいる月を描いて、水に映している図柄は、よくあるものだが人柄も奥ゆかしく使い馴らしている。
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この【花宴】には桜の記述2カ所のみですが宴をめぐっての藤壺、朧月夜という二つの禁断の恋を滅びゆく桜の匂に滲ませた重要な場面に作られています。
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夢のような華麗さと儚く散りゆく桜の花は「源氏物語」の中では不思議なくらい滅びの匂を滲ませ「禁じられた恋」の背景に描写されているかのようです。何となく頷けるような???*咲き始めの桜は心うきうき、散りゆく桜の花びらの舞は一抹の寂しさがよぎる)←考えすぎでしょうか?
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優れた詩才と見事な舞を披露した源氏は酔い心地で藤壺の姿をはかなく求めてさまよい歩く。さめやらぬ宴の高揚と桜と月の駘蕩たる夢心地の中でたおやかに近づいてくる女君に出会う。藤壺への思慕がままならない源氏は女君(朧月夜の君)と禁断の恋に走ります。この出会いが、須磨流離へと展開していきます。
光源氏は宮中で朧月夜の姫と出会い、お互いに恋に落ちる。が、しかし、朧月夜の姫は朱雀(兄)の婚約者だと分かる)
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ちなみに「朧月夜の君」は源氏物語に出てくる女君の中では、とりわけ人気があります。それは・・・・!
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私的なイメージですが、積極性があり高貴な雰囲気を持ちあわせ、今風で言えばセンスがあり熟練した知識を持ち、情熱的、かつ官能的な女性のような気が致します。
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彼女は魔性の女と評価され源氏や春宮(次期帝)の運命を翻弄するのですが、華やかで可愛らしく聡明でありながら情熱的で妖しいところが謎めいて読者の想像をかき立てる不思議な要素の持ち主です。私は少々この朧月夜という女性のタイプにあこがれます。
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by hime-teru | 2007-03-26 15:27 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語文中の花】 巻10(賢木の巻) 巻22(玉鬘の巻)   山梔子・くちなし 

    ★… 【 源氏物語文中の花 】 巻10 賢木の巻  巻22 玉鬘の巻 (山梔子 くちなし)』 …★ 
               撮影はH18 ,11,21京都および我が家にて
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☆巻10ー【賢木】の巻文中より
第一段 諒闇明けの新年を迎える。
さま変れる御すまゐに、御簾の端、御き帳も青鈍にて隙隙よりほの見えたる薄鈍、梔子の袖口など中中なまめかしう奥ゆかしう思ひやれ給。

☆意)様変わりしたお暮らしぶりで、御簾の端、御几帳も青鈍色になって、隙間隙間から微かに見えている薄鈍色、くちなし色の袖口など、かえって優美で、奥ゆかしく想像されなさる。
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☆巻22ー【玉鬘】の巻文中より
空蝉の尼君に、青鈍のをりもの、いと心ばせあるを見つけ給て御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へ給て、同じ日着給べき御消息聞こえめぐらし給ふ。

☆意)空蝉の尼君には、青鈍の織物の、たいそう気の利いた感じの物をお見付けになって、御自身用の梔子の御衣や、聴色を添えなさって・・・
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和名果実が熟しても口を開いて種子を散布しないところから口なし、又細かい種子のある果実をナシに見立て、くちばし状の萼をクチとよび、クチを備えたナシの意味でつけられたともいわれている。
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アカネ科の常緑低木。『センプク』ともいう。高さ1,2㍍の株立ちになり、小枝は緑色または灰緑色。葉は対生し長楕円形。6、7月、枝先に径5~8㌢の香りのよい白花が1個ずつ開き後に淡黄白色に変わる。花は高坏形。果実は液果で倒卵形、長さ2.5~3㌢上端に萼片が残り、10~12月に黄赤色に熟す。
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10月ごろ実がオレンジ色に色づきます。この実を黄色の染料とします。
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完熟した黄赤色の果実は乾燥させて染料として用いる。日本では飛鳥時代から食品の着色料として用いられ、また布地の黄染めにも使われた。汁又は粉末を混ぜて炊いた大分県地方の黄飯は有名である。白い花弁は特有の甘味と香りがあり野菜サラダの飾り付けや刺身のつまなどに使われる。

漢方では果実を梔子(しし)、山梔子(さんしし)というが、これは、形が巵(し)という古代中国の大きな酒器に似ていることによるものである。薬用としては萼片と果皮を除いて内部だけを用いるようです。消炎、止血、鎮静、利胆、利尿作用があるから、不眠症、黄疸(おうだん)、打ち身、出血、精神不安などの治療に用いる。
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クチナシは観賞よりも実用面が主だった。。『日本書紀』に種子島よりクチナシが献上されたと書かれている。江戸時代には花が食用にされ中国ではお茶の香りづけにタヒチでは花をココナッツミルクに浸し化粧水に使っているとのこと。 静岡県以西の本州、四国、九州、沖縄、および中国、インドシナの暖帯、亜熱帯に分布する。今では広く庭木に植えられ耐陰性があり成長は速い。
by hime-teru | 2007-01-31 11:25 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻7 紅葉賀(もみじのが) 『 紅葉 』 

      ★… 【 源氏物語巻名の花 】 巻7 ・ 紅葉賀④  紅葉・もみじ …★
       〓 『紅葉』 物語の文中 … 巻16…【関屋】  巻21…【少女】 〓
             撮影はH18,11,21 三井寺・大江八幡にて。
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◆巻16 【関屋・せきや】※源氏の君が二十九歳の秋のことです。この巻は空蝉が女主人公として登場するごく短いお話です。光源氏は12年ぶりに道端で空蝉と再会するが、無視されるのです。源氏が須磨から都に戻り、栄華の道を歩みはじめていた時期のことです。
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舞台は逢坂の京都の山科と滋賀の大津の間にある逢坂山にあった関所です。「あふさか」と読むので人に出会うという設定でよく使われます。都に戻る途中、逢坂の関に入るところで伊予の守(空蝉)の一行は石山観音にお参りをする光源氏の華麗な行列と遭遇いたします
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逢坂の関は、出合いと別れのドラマがたくさんあったところです。少し足を伸ばして琵琶湖が見える大津まで行って参りました。
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 ※ 巻16 【関屋・せきや】 の文中より 
①☆文中…九月つごもりなれば、紅葉の色色こきまぜ、霜枯れの草むらむらおかしう見えわたるに、関屋よりさとくづれ出でたる旅姿どもの、色色の襖のつきつきしきぬいもの、括り染めのさまもさる方におかしう見ゆ。
 ※意)九月の下旬、紅葉は色々まじって見え、霜枯れの草が薄く濃くきれいに色付いているのが一面に見えるあたりで、関所の建物からさっと現れた源氏の君の一行の旅装束は、色々の狩衣によく似合った刺繍がしてあって、括り染めの様子も、こうした旅装束として風情がある。
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 【秋八月に六条院完成】中宮と紫の上、和歌を贈答
◆巻21 【少女・おとめ】※この少女(おとめ)の巻は夕霧(ゆうぎり)が主人公です。
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 ※ 巻21 【少女・おとめ】 の文中より 
①☆文中…はかなき花紅葉につけても、雛遊びの追従をも、ねんごろにまつはれありきて、心ざしを見えきこえ給へば、いみじう思ひかはして、けざやかにはいまもはぢきこえたまはず。
 ※意)ちょっとした折々の花や紅葉につけても、また雛遊びのご機嫌とりにつけても、熱心にくっついてまわって、真心をお見せ申されるので、深い情愛を交わし合いなさって、きっぱりと今でも恥ずかしがりなさらない。
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②☆文中…中宮の御町をば、もとの山に、紅葉の色濃かるべき植へ木どもをそへて、泉の水とくすまし、遣水のをとまさるべき巌たて加へ、滝落として、秋の野をはるかに造りたる、
 ※意)中宮の御町は、もとからある山に、紅葉の色の濃い植木を幾本も植えて、泉の水を清らかに遠くまで流して、遣水の音がきわだつように岩を立て加え、滝を落として、秋の野を広々と作ってある
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③☆文中…なが月になれば、紅葉むらむら色づきて、宮の御前えも言はずおもしろし。 風うち吹たる夕暮れに、御箱の蓋に、いろいろの花紅葉をこきまぜて、こなたにたてまつらせ給へり。
 ※意)九月になると、紅葉があちこちに色づいて、中宮のお庭先は何ともいえないほど素晴らしい、風がさっと吹いた夕暮に、御箱の蓋に、色とりどりの花や紅葉をとり混ぜて、こちらに差し上げになさった
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④☆文中…心から春まつそのはわがやどの紅葉を風のつてにだに見よ … 秋好中宮
 ※意)「お好みで春をお待ちのお庭では、せめてわたしの方の紅葉を風のたよりにでも御覧あそばせ」
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⑤☆文中…風に散る紅葉はかろし春の色を岩根の松にかけてこそ見め … 紫の上
 ※意)「風に散ってしまう紅葉は心軽いものです、春の変わらない色をこの岩にどっしりと根をはった松の常磐の緑を御覧になってほしいものです」
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⑥☆文中… この紅葉の御消息、 いとねたげなめり。春の花盛りに、この御応へ
は聞こえたまへ。このころ紅葉を言ひ朽さむは、龍田姫の思はむこともあるを、さし退きて、 花の蔭に立ち隠れてこそ、強きことは出で来め。
 ※意)「この紅葉のお手紙は、何とも憎らしいですね。春の花盛りに、このお返事は差し上げなさい。この季節に紅葉を貶すのは、龍田姫がどう思うかということもあるので、ここは一歩退いて、花を楯にとって、強いことも言ったらよいでしょう。
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by hime-teru | 2006-12-30 00:08 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】 巻7  紅葉賀(もみじのが)③  紅葉

          ★… 【 源氏物語巻名の花 】 巻7 ・ 紅葉賀③ (もみじのが)  紅葉・もみじ …★
             〓 『紅葉』 物語の文中…巻10 【賢木・さかき】(榊とも) 〓
                  撮影はH18,11,21 京都・大徳寺にて 
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◆『賢木』の巻は桐壷院が崩御され、藤壷中宮に再び迫ってはみたものの、激しく拒絶された光源氏は雲林院に参籠します。原文に『つれづれに思さるれば、秋の野も見たまひがてら、雲林院に詣でたまへり』←(意)気持ちを紛らそうとして、ついでに秋の花野もながめがてらに雲林院へ行った。雲林院は母桐壷更衣の兄弟が律師として修業をしていました。
光源氏は救済を求めて雲林院に赴く。物語は光源氏の苦悩を癒す存在として肉親である律師を登場させています。
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※雲林院は「紫野院」と呼ばれていたそうです。現在の大徳寺一帯です。
淳和天皇の離宮(塔所‐たっしょ‐墓所)淳和・仁明というふうに天皇家に譲り渡されていき、その過程で、最初は天皇の離宮、休み所(別荘)今でこそ小さなお寺ですが天皇家の離宮、その次に天台宗の寺院、その後に禅宗の臨済宗に変わっていきました。
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※大鏡によれば平安時代に雲林院と聞けば、誰でも知っている有名な大きなお寺だったようです。「敷地の一辺が、300㍍、、釣殿や池がある大きな屋敷が建ってた。京都では今でも雲林院町と言う町名で呼ばれている。
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※大徳寺は山号を竜宝山と言い開山は大燈国師・宗峰妙超で14世紀初頭に赤松氏の帰依を受けて柴野・雲林院(うりんいん)の跡地に庵を建立した事に始まる。鎌倉時代末期の1324年(正中1)に雲林院の一部を賜わって宗峰妙超を開山として開創。
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雲林院は僧正遍昭や紫式部、また西行法師などにも所縁が深い。
謡曲『雲林院』の舞台は、京都・大徳寺の塔頭である臨済宗の寺となって今に残っています。
雲林院に関したものは一切ないようですが、平安時代の源氏物語とか大鏡などからの推測で、現在の雲林院は、大徳寺の塔頭(たっちゅう)として江戸時代に再興されたものだそうです。
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※☆ 巻10 【賢木・さかき】 (榊とも)の文中より …☆
◆この巻では2つの大きな山場があり、藤壷の出家、密会の露見と物語は波乱含みながら、大きく展開していきます。
【源氏22~23歳・秋、雲林院に参籠】
①☆文中…紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見給て、ふるさとも忘れぬべくおぼさる。
 ※意)紅葉がだんだん一面に色づいてきて、秋の野がとても優美な様子などを御覧になって、邸のことなども忘れてしまいそうに思われなさる。
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②☆文中…明け方の月影に、ほうしばらの閼伽たてまつるとて、からからと鳴らしつつ、菊の花、濃き薄き紅葉など、おり散らしたるもはかなげなれど、この方の営みは、この世もつれつれならず、後の世はた頼もしげなり。
 ※意)朝に近い月光のもとで法師たちが閼伽棚にお供え申そうとして、からからと鳴らしながら、菊の花、濃い薄い紅葉など、折って散らしてあるのも、些細なことのようだが・・・・。
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【源氏、二条院に帰邸】
③☆文中…山づとに持たせ給へりし紅葉、御前のに御覧じくらぶれば、ことに染めましける露の心も見過ぐしがたう、おぼつかなさも人わるきまでおぼえ給へば、たた大方にて宮にまいらせ給。
 ※意)山の土産にお持たせになった紅葉(、山から折って帰った紅葉(もみじ)は庭のに比べるとすぐれて紅(あか)くきれい)お庭先のと比べて御覧になると、格別に一段と染めてあった露の心やりも、そのままにはできにくく、久しいご無沙汰も体裁悪いまで思われなさるので、ただ普通の贈り物として、宮に差し上げなさる。
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④☆文中…紅葉は、ひとり見侍に、錦くらう思たまふればなむ。折よくて御覧ぜさせたまへ。
 ※意)紅葉は、独りで見ていますと、せっかくの美しさも残念に思われましたので。よい折に御覧下さいませ」
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◎『古今集』僧正遍照の歌。
雲林院の木のかげにたたずみてよみける、わび人の
              わきて立ち寄る木のもとは頼むかげなく紅葉散りけり。
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by hime-teru | 2006-12-25 00:15 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(0)

【源氏物語巻名の花】  巻7  紅葉賀(もみじのが)②  紅葉

           ★… 【 源氏物語巻名の花 】 巻7 紅葉賀(もみじが)②   紅葉ー(桜と銀杏) …★
              〓 物語の文中より 巻1【桐壺】 巻2【帚木】 巻3【夕顔】 〓
                撮影はH18,11,21 京都二条城内 (二条城の紅葉は桜と銀杏です)     
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物語は、ひとつの挿話を何度か繰り返し引用しながら、すこしずつ舞台や登場人物を変えてイメージを重層化させながら読者を引き込んでいきます。
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巻1【桐壺・きりつぼ】の文中より・・・。
◆この巻は、桐壷帝とその妃(きさき)の一人「桐壷の更衣」との悲劇的な愛と死、そして光源氏の誕生から結婚、そして義母「藤壷の宮」への熱い想いが語られ、「大河小説」のスタートです。
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☆文中…はかなき花紅葉につけても心ざしを見えたてまつる。
 ※意)幼心にもちょっとした花や紅葉にことつけても、お気持ちを表し申す。
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巻2【帚木・ははきぎ】 の文中より・・・。
この巻は、友人たちと恋の経験談や恋愛論に花を咲かせるいわゆる「雨夜の品定め」が展開され、その翌日、偶然にある女性と出会います。他人の妻です。さかんに言い寄りますが、女性は拒み続けます。源氏は、はじめて拒否する女性を知るのです。
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☆文中…菊いとおもしろく移ろひわたり、風にきほへる紅葉の乱れなど、あはれとげに見えたり。
 ※意)菊は一面にとても色美しく変色しており、風に勢いづいた紅葉が散り乱れているのなど、美しいものだなあと、なるほど!思われました。
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巻3【夕顔・ゆうがお】の文中より・・・。
◆この巻は、これまでの相手の女性は、そろって身分が高く年上でプライドが高く気疲ればかりしていた源氏でしたが夕顔(身分の低い女性に出会う。はかない命の夕顔と源氏の一途な純愛の巻です。
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☆文中…夕暮の静かなるに、空のけしきいとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵にかきたるやうにおもしろきを見渡して、心よりほかにおかしきまじらいかなと、かの夕顔の宿りを思出づるもはづかし。
 ※意)夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づいて行くところが、絵に描いたように美しいのを見渡して、思いがけず結構な宮仕えをすることになったと、あの夕顔の宿を思い出すのも恥ずかしい。
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       ☆ 真っ青な秋空・飛行機雲を見入ってしまいました♪
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         ☆ 快晴の下でお茶会が催されていました ☆
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by hime-teru | 2006-12-21 19:06 | 源氏物語(巻1~巻10) | Trackback | Comments(0)