2016年 11月 29日 ( 1 )

詩仙堂

                                 ★…【 詩仙堂 】…★
                                  2016.11.21
【詩仙堂】
京都市左京区にある江戸時代初期の文人石川丈山の山荘跡。国の史跡に指定されている。
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詩仙堂は徳川家の家臣であった石川丈山が隠居のため造営した山荘である。名前の由来は、中国の詩家36人の肖像を掲げた詩仙の間による。
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詩仙は日本の三十六歌仙にならい林羅山の意見をもとめながら漢晋唐宋の各時代から選ばれた。肖像は狩野探幽によって描かれ詩仙の間の四方の壁に掲げられている。
四季折々、実りの秋の風情
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詩仙堂は正確には凹凸? (おうとつか) という。凹凸?とはでこぼこの土地に建てられた住居の意味であり、建物や庭園は山の斜面に沿って作られている。 丈山は詩仙の間を含め建物や庭の10個の要素を凹凸?十境と見立てた。
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秋の晴れ舞台(七色の妖精達)
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丈山は漢詩をつくるだけでなく庭づくりの名手としても有名。丈山の手がけた庭園は京都市内にも数ヵ所あり詩仙堂の庭も丈山自ら手がけた庭園です。庭園には四季折々の花々や木が植えられ、季節ごとに異なる表情を楽しむことができます。
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■玄関上は3階建の「嘯月楼」
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真っ赤なモミジ
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■「ししおどし」発祥の地
当時、詩仙堂が建てられた場所は山のふもとにあり、夜中に頻繁に出没するイノシシや鹿を追い払うために「ししおどし」が考案されました。イノシシたちはその音に驚き、畑を荒らさなくなったのだとか。また、静寂の中でコーンと竹が石を打ちつける響きは、隠居生活を送る丈山の慰めとなったといわれており、彼がつくる庭には「ししおどし」が設置されるようになりました。それがいつしか全国に広まったといわれています。
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出口の石垣
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by hime-teru | 2016-11-29 22:16 | 旅の情景(京都) | Trackback | Comments(0)